#30 『夜釣り』
友人と一緒に、隣県にある波止場まで夜釣りに出掛けた。朝方には漁から帰る船で一杯になるので、夜食を取った後すぐに釣り始めた。
近くに群れが来ているのかアジがやたらと掛かり、俺たちは夢中になって釣りを楽しんだ。
突然、引きが弱まった。群れが移動したのかも知れないと思い、友人と一緒に場所を移動した。すると再び当たり始めた。そこは近くに一艘だけポツンと船が停めてある、そんなポイントだった。
「なぁ、さっきから何か聞こえない?」と、友人。言われてみれば波の音に混じり、どこからか女性のものだろうか細い声が聞こえて来るようである。
はて、これはオカルトめいた出来事かと思えば、「あの船からじゃねぇか?」と、友人は一艘だけある船を指さす。本当かよと一緒になって船へと近付けば、確かに声は先程よりも鮮明に聞こえる。
「やっぱここだ」と、友人は勝手に船へと飛び移り、その声の主を探し始めた。もちろん俺も一緒になっての事である。すると甲板上にある魚艙の屋根辺りから、その声が聞こえて来た。
か細いが確かな声だ。不明瞭な日本語で、「タスケテ」と、「アケテ」を繰り返している。
「これって密航船じゃねぇ?」と、友人。俺もそんな気がすると返事をして、すぐに船を降りて警察へと電話をした。
やがてその船の漁師らしき二人組がやって来た。同時にパトカーもそこに到着する。そして俺たちも同席して船を探索したが、魚艙も含めて船のどこにも人の姿は無かった。
俺たちはその漁師二人に頭を下げて詫びたが、漁師は、「時折、仏さん拾ったりするから、そんな事もあんべな」と笑って許してくれた。
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