#21 『巨人』

 最初の怪異は、真っ暗な部屋の中で煌々とブラウン管の明かりが灯り、賑やかな野球中継を放送している事だった。

 もちろん僕の電気の消し忘れではない。要するに僕が不在の間に、勝手にテレビが点いたのだ。

 そんな怪異は度々起こった。しかも点いている番組は常に野球中継。更に言えばどれも巨人戦だ。もしかしてこの怪異の主は、「自分と同じ巨人ファンか?」と疑えば、怖さよりも親近感がわいて来た。

 以降、僕と怪異との日本シリーズ観覧の夜が続いた。一人で飲むのも味気ないので、おちょこにほんのちょっとの“お裾分け”もして、巨人軍の応援の日々を送っていた。

 だが残念にも、結局その年の優勝は逃してしまった。しかし何故か、古い友人一緒に応援をしたような、そんな爽快感だけはあった。

 年が明けて三月のまだ寒い日の事。夜勤明けで昼過ぎまで寝ていた僕は、ほとんど暴力的な勢いで叩き起こされた。

 もちろん部屋には僕しかいない。ふといつもの巨人ファンの怪異の仕業かと疑う。

 だが、何故? どうして? 思った瞬間、僕の身体はほとんど宙に浮くぐらいの勢いで玄関先まで放り投げられた。

 慌ててサンダルを履き、外へと飛び出す。勝手な推測だが、あれだけ仲が良かったのにどうしてと、僕には疑問ばかりだった。

 そうしてアパートメントの外に出て、隣の駐車場に置いてある車の中へと避難する。同時に激しい揺れが来た。どーんと言う衝撃と共に、目の前で僕の住んでいたアパートメントが潰れてひしゃげて消えてしまった。

 東日本大震災。これにより、多くの方が亡くなった。

 その翌年、僕は新しい住居で巨人の優勝を祝った。多分もう僕の隣にはいないだろうけど、おちょこではない500mlのビールを隣に置いての祝杯だった。

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