#20 『サイン』
初めてのアルバイトの初任給。僅か二万とちょっとと言う金額だが、私にとっては生まれて初めて自力で稼いだ大切なものだった。
半分は両親と家族への贈り物となり、残りの一万円は自分の事に使おうと決めていた。
私はその残った一万円札にイタズラ書きをした。“帰って来てね 陽子”とサインをし、それから数日後には新しい洋服と欲しかったCDとなって消えた。
それから数ヶ月。その一万円札は奇跡的に私の元に戻って来た。母との買い物途中、何気なく財布からお札を取り出した母が、「あら、あんたの名前書いてるじゃない」と、私にそれを見せてくれたのだ。
確かにそれは数ヶ月前に私がサインをして使った一万円札そのものだった。私は嬉しくなり自分の持つお札とそれを代えてもらった。
夜、そのお札の件を思い出し、取り出し眺めていた。するとそこに私以外のイタズラ書きを見付けた。陽子と書かれた名前の後ろに、“一”と言う小さな横棒。その時は、その文字に対してさほど関心は無かった。
結局、手元に戻って来たお札は半月も待たずに使ってしまった。十代の女子にとっては、奇跡よりも金の方が上だったのだ。
だがそのお札はすぐにまた私の元へと戻って来た。二度目までは私もそれを「ミラクル」とか言って喜ぶ余裕はあったのだが、三回、四回とそれが続くようになってからは、喜びよりも疑問の方が上に立った。
五度目にして、私はようやく怖さの方が先に来た。同時に私はそのお札の変化に気付いた。“陽子”と言うサインの後の、“正”の文字。
じわりと、胸の中に恐怖が広がり始めた。これは単なる“正”と言う文字ではない。これは私の元へと戻った時のカウントなのだと。
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