#19 『ママ』
私が小学五年生の時の事。クラスメイトに美優(みゆ)ちゃんと言う女の子がいた。私とはやけに気が合い、時折彼女に誘われ、彼女の自宅へと遊びに行ったりもした。
彼女の家に行くと、いつも美優ちゃんのお母さんが出迎えてくれた。子供心に、お世辞にも素敵なお母さんとは言いがたいタイプの人だった。
表情も話し方も陰気と言った感じの暗さがあり、それにとても似合う印象の野暮ったい服を好んで着ているようだった。そして美優ちゃんに対する言葉遣いもまた、「宿題とかどうするの?」「遊んでばかりじゃない」と、やけに咎め口調な感じであった。
「うるさいな!」「お母さんは向こう行っててよ!」
美優ちゃんもまたお母さんに対しては終始そんな感じで、親子関係はあまり良いとは思えなかった。
ある日の授業参観、美優ちゃんが「ママ!」と叫んで、教室の後ろに向かって手を振った。見ればそこには、私の知らない女性の姿があった。美優ちゃんは「ママ」と呼んではいるが、それは彼女の自宅で見るあの陰気な女性などではなく、とても明るく綺麗な人で、向こうもまた陽気な笑顔で手を振り返している。それは完全に、私の知っている彼女のお母さんではなかった。
父親が再婚したのか、それとも代理の母だろうか。だがそれ以降も、彼女の家に行けば、やはり出迎えるのはあの陰気な女性の方だった。
ある日、美優ちゃんのお母さんが亡くなったと言う知らせが入った。私は母に連れられて、その告別式に向かった。
祭壇に飾られた遺影は、“お母さん”の方でも、“ママ”の方でもなく、更にまた別の人の顔がそこにあった。
それから十数年経った今、美優ちゃんとは未だに交友があるのだが、彼女の母についての話題は今以て聞けずにいる。
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