#16 『舎弟』

 暴力団の幹部をしている友人がいる。仲が良い訳ではないが、腐れ縁の延長での付き合いである。

 そいつには舎弟(子分)が一人いる。若いのかそうでもないのか、やけにくたびれた顔の、坊主頭の男だ。

 ある日、友人と会うと、いつもいる筈の舎弟の姿が見当たらない。どうしたのかと聞くと、「亡くなった」と友人は答えた。彼の職業柄、死因までは聞く気になれなかった。

 その日の晩から、その舎弟が何故か俺の家に来るようになった。夜更けにウチに現れては、何かを自らの胸に刺すような仕草をして、俺に何かを訴えて来る。

 なんとなくそいつの死因は察した。だが俺にはどうする事も出来ないよと告げると、ふと消えてしまうのだが、やはりその翌日には同じようにして化けて出て来る。

 ある日、家に帰る坂道の途中で、駐車している小型のトラックを見掛けた。そのトラックの荷台から、後ろに突き出ている鉄パイプが数本。俺はそれを危ないなと思いながら通り過ぎたのだが、少しして俺は何者かに強烈な体当たりをされて側道に転げた。同時に今しがた俺の歩いていた所を、例の小型トラックが猛烈なスピードで後ろ向きに疾走して行った。どうやらサイドブレーキの引き忘れらしい。

 体当たりして来た人の姿はどこにも無い。なんとなく、毎夜出て来た舎弟君が助けてくれたのだろうと察した。同時に彼が胸を刺す仕草の意味も理解が出来た。ただの一度も話した事の無い間柄なのに、やけに義理堅い奴なんだなと俺は思った。

 翌日、友人にその事を告げ、墓参りに行きたいと申し出た。友人は俺と一緒に付いて来てくれた上に、その舎弟君の死因についても話してくれた。

 どうやら友人が他の組の構成員に刺されそうになった際に、身を挺して庇い、身代わりになったのだとか。とことん義理堅い奴だったのだなと俺は思い、無縁仏の墓に向かって手を合わせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る