第25話

 言葉にはしないまでも、トキに逃げろと言われたフィリアは、戸惑とまどいながら口を開く。


「……で、ですが、三津流みつる様は熱があって動ける状態では……っ」


 ーーーーと、その時。人の動く気配がして、フィリアはハッと後ろを振り向いた。

 そこには、壁伝かべつたえに起き上がる三津流の姿。

 先程さきほどまで高熱で息もえ絶えの姿を見ていた彼女にとって、立っているという事自体が、とても信じがたい光景だった。


「…………三津流、様……?」

「…………トキ、さん……っ」


 まだ苦しいのか、長く息を吐き出した三津流は、それでもトキの前では気丈きじょうに振る舞ってみせる。


「……僕、動けるよ」

「…………」


 その言葉に嘘はないのだろう。

 おそらく、魔王の分身であるフィリアが側にいることで力が同調どうちょうし、一時的に症状が安定していると思われる。

 それもいつまで持つか分からないが、先刻せんこくに比べれば顔色もだいぶ良い。

 トキは一つ頷くと、腰にしていた剣をさやごと三津流に差し出した。


「これ、あずけとく。戦えなくても、盾として使えるから」

「ありがとうございま……っ、す?」


 受け取った剣の想像以上の軽さに、三津流は目をぱちくりさせる。

 まるでそこに実在しないとのをつかんでいる感覚だった。

 落とさないようにしっかりと両手で持つ。

 そして、フィリアに声をかけようと前を向いたところで、三津流の視線が固まる。


 ーーーー何か、くる。


「トキさんっ!!」


 三津流がさけぶ前に、トキは動いていた。

 後ろに体を回転させながら、鎌を出現しゅつげんさせる。体が正面を向くと同時に、鎌同士がぶつかり合う。

 カキィィン!!という音がひびき、衝撃で土煙つちけむりった。

 ぐぐっ、と体が押される。トキは目の前の相手から目をらさずに、後ろにいる二人に呼び掛けた。


「行って。……僕が追い付くまで、ちゃんと生きててね」

「……!」


 言葉の重みに、無意識に手に力がこもる。

 振り向かない彼に一つ頷くと、二人は互いに配目はいもくし合い、トキに背を向けて走り出した。


 足音が遠ざかると、トキは鎌をり寄せ、一歩前へ出る。ぐっ、と押し返し、横にはじいた。

 そこから何十合と鎌を打ち合う。トキが鎌からくさりを伸ばすと、リーフィアは瞬発力で回避かいひしながらそれを掴み、逆に自分のほうへ引っ張る。

 トキはその引力を利用して鎌を回転させ、そのまま彼女の鎌ごと地面にき立てた。

 力が拮抗きっこうし、二人がその場から動かなくなる。


「……何のつもり?お前が時間をかせいだとしても、あの子の運命さだめは変えられないわよ」

「僕は……」


 トキはゆっくりと顔を上げ、リーフィアの瞳を正面から見つめ返す。


「彼女に後悔してほしくないだけ」


 ぴく、とリーフィアの眉が反応する。


「後悔なんてするはずない。私達分身は、魔王様の為に死に、魔王様の元にかえることが喜びなのよ」

「それは君の考えでしょ」


 鎌を握る手に、さらに力が籠る。

 ーーーーあの時、『死にたくないなら走って』と言った自分の言葉に、フィリアはおうじた。ならば。


「少なくとも今彼女は、死にたくないと思ってる、はず」

「ーーーー……」


 それを聞いて、スッ……とリーフィアの瞳から感情が抜け落ちた。

 開かれた口からはなたれたのは、重い、ひと言。


「ーーーー『そうか』」


そのひと言で、背筋がこおる。


「『では、らぬ』」

「!っ、」


ドクン……!と二人の心臓が大きくねた。

鎌が消え、リーフィアは胸を押さえてくずれ落ちる。トキも、地面に両のてのひらをついた。

先程さきほどの、声。あれは、リーフィアの口を使って魔王が言葉を放ったものだ。


「ま、お……様……っ」


 苦しさのあまり、リーフィアの瞳に涙がにじむ。


「け、ほ……」


 呼吸が出来なくなり、肺からピーと音が鳴った。視界がゆがみ、暗転あんてんしかけた、ーーーーその時。

 バチバチと体に閃光せんこうぜ、急に呼吸が復活する。

 ゴホゴホとき込みながら、トキは顔を上げた。


「ーーーーいくら自分がつくったものとはいえ、こいつらには意志いしがある。自分の都合で勝手に殺すな」


 ピカ、と空から放たれた稲光いなびかりが、白髪はくはつをより明るく照らし出す。

 テヌートの横顔を見ながら、トキは茫然ぼうぜんと呟いた。


「……どうして、ここに……」


 正確に言うなれば、トキにはテヌートの居場所が分かる為、彼がこちらへ向かっているのは分かっていた。

 だから、トキから出たのはそれとはまた別の疑問。

 ……彼は当初、芽依めいが追い掛けていた男の元へ向かっていたはず。杙梛くいなと名乗っていた男。テヌートがずっと、屋敷から遠ざけていた男。

 警戒心を持っていたのは分かっていたし、杙梛が何者なのか、トキも何となく理解していた。

 だから、テヌートは絶対に、そちらに向かうと思っていた。それが何故なぜ、自分の目の前に居るのか。

 テヌートがこちらを向く。金の瞳はさが増し、彼の表情には、いつものふくんだ笑みは無かった。

 彼の周りにただよ威圧いあつ感に、トキは一瞬、また呼吸のしづらさを感じた。

 テヌートは、感情をおさえながら、ゆっくりと口を開く。


「ーーーー俺は、腹が立ってんだよ」


 すると、背後からのリーフィアの攻撃をさらりとかわし、彼女の鳩尾みぞおちに剣のさやらわせた。


「っ……!」

「行け、トキ。ーーーーお前に、死神としての任務を与える」


 テヌートはトキを真っ直ぐに見る。

 トキは少しだけ、瞠目どうもくした。


「ーーーーフィリアの最期さいごを見届け、魂を回収してこい」

「!…………はいっ」


 トキがテヌートに背を向ける。彼がトキに死神の仕事をあたえるのは、これが初めての事だったのだーーーー。


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瑠璃色の瞳2 紫織零桜☆ @reo_shiori

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