第5話
(……ーーーーおいで)
…………声が、する。頭の中に
呼んでいる。……だれ。誰が、呼んでいるのだろう。
(…………さあ……おいでーーーー)
ーーーー
今まで重く閉じられていた
「え……枢殿?」
見張りをしていた兵士が、突然中から扉が開いた事に対し、驚きの声を上げる。しかし、こちらには目も向けずに歩き出す枢。兵士二人は配目し合い、
「か、枢殿?お待ち下さい。今、
兵士が枢を止めようと肩に触れると、急激な
枢はそんな兵士達を気にする事もなく、その場を後にした。
…………声がする。
市場の端、
すると、今まで
「………………だ、れ……」
「…………あぁ、良かった。来てくれて……」
男の者だと思われるその声を聞き、枢の瞳が生気を取り戻す。
この、声……。
「………………貴方、は……」
男と枢の目が
「……貴女のその
「え」
男の手が自分の両目を
この一瞬で目の前に来た男に驚く間もなく、枢の意識は再び闇に落ちていく。
ーーーーと、同時に。ドクンドクン、と重く心臓が
「っ、……ぁ…………ぁあ……っ!!」
枢が苦しげな叫び声を上げ、地面に倒れ込む。胸元を締め付けて
フードの男が右手から黒い何かを取り出し、川辺にそっと置く。すると穢れがその中に吸い込まれていく。
「………………」
男はそれを確認すると、くるりと
芽依は隊の先頭を歩く竜樹の隣に並び、女性から聞いた市場の寒さについて彼にも説明した。
「……穢れに触れて寒くなるのは珍しくありません。ですが、空気がそこまで冷たく感じるのは、それだけ濃い穢れがそこに集まっている
「それだけ濃い穢れなら、それが他の地域にも
「そうですね……。ですが
ーーーー
『…………ぁ……ーーーーっ!!』
「「!!」」
つんざくような悲鳴が聞こえ、芽依と竜樹は、はっと同じ方向へ顔を向ける。
「芽依様……この声」
「…………枢の……」
「っ……芽依様は俺の側を離れないで。三番隊、走るぞ!ついて来い!!」
「はい」
「はっ!」
竜樹の号令に、芽依と兵士達の返事が重なる。竜樹達は声のしたほうへ走り出した。
市場の奥へ走ると、黒い
「枢っ!」
芽依は枢の姿を確認するなり、側に駆け寄って彼女の
胸に手を当て、
どうやら気を失っているだけのようだ。外傷も特に見当たらない。
そこまで確認した芽依は、ふと、枢の体の変化に気付き、
「………………穢れが……」
枢の中にあった
「どうして……」
芽依は辺りを見渡す。すると、川辺に一点、黒い靄がひときわ強く集まっている場所があった。
「…………あれは」
「ーーーー芽依様」
竜樹が警戒の
「…………竜樹殿。兵士の方々はここから離れたほうが良い。私はここの穢れを
そう言うと竜樹に枢を
「起き上がれる者は残りの兵を連れて市場の外まで
「はっ」
兵士達が言う通りに下がって行くのを見届け、竜樹は芽依を振り返る。
芽依は、穢れを
「…………え……?」
すっと吸い込まれるように、市に溢れた穢れが消える。
穢れが消えた場所。
あそこは、芽依が
「………………」
芽依はそっと、それに近付いていく。
「…………芽依様?」
芽依の後に続く竜樹が、
この黒い靄は、
芽依は黒い靄の側まで行くと、膝を地面につき、じっと目を
何か、ある。
靄で隠されていて分からないが、その奥に、何かが……。
「………………何が…………」
すっと黒い靄に手を伸ばす。
芽依の手がそれに触れようとした、その瞬間。
バチッ!
「!……っ」
「芽依様!?」
突然、強い電気が
「芽依様、お怪我は!」
「…………っ、心配、要りません。……少し
芽依は靄から手を離し、厳しい
芽依は竜樹を振り返った。
「ーーーー竜樹殿」
「はい」
「市場に住む民をこの場から離れた所に避難させて頂けますか」
「……ーーーー分かりました」
竜樹が離れると、芽依は再び靄に向き直る。
「…………太陽神、力を……」
右手に神経を集中させ、芽依はゆっくりと靄に向かって手を伸ばす。
バチバチと弾かれはするが、先程のような強い
「…………何が……」
芽依は靄の奥へさらに手を差し入れる。
その黒い正体へ手が届くまで、あと
もう、届くーーーー。
ーーーーその時。
直接、脳に声が響く。
『……………………姫ーーーー』
ドクン……と強い衝撃が芽依の
その目は、靄を通り過ぎ、どこか遠くを見つめる。
ーーーー床に手をつく少女。目の前に立つ青年。彼が持つ剣。それが振り上げられる情景。頬を伝う涙。見開かれる瞳ーーーー。
芽依の瞳から、一粒の涙が
「…………そ、……んな……」
黒い靄から微かに感じるこの気配。芽依は……いや、『彼女』は……知っている。間違える訳がない。
この、懐かしい……この…………声、は。
「ーーーール……?……」
無意識に、芽依の口から、その名前が
ーーーー刹那、黒い靄がさらに空間に吸い込まれるように消え始めた。
「っ!まっ……!!」
「ーーーー待って」
芽依は必死で手を伸ばす。しかし、その腕をトキが
「ーーーー……」
芽依はトキを見つめる。数秒間の沈黙の後、トキは掴んだ手をそっと離した。
「………………あの靄、少しだけど、リーフィアの気配がした。……触らないほうが良いと思う」
「………………え」
芽依はもう一度、靄のあった場所を見る。
リーフィアの気配なんて、トキに言われるまで感じ取る事も出来なかった。
そもそもどうして、二人の気配が同時に存在しているのか。
「………………ねぇ、トキくん」
「何?」
「
「うん、そうだよ」
「…………じゃあ、リーフィアにも、パートナーがいるって事だよね」
先程感じたあの気配。
もし、彼が本当に今もここに存在しているのであれば……。
「………………死神…………に、なったの…………?」
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