第3話

 王城の内部にある兵士の訓練場。

 複数の兵士が見守る中、キィンと剣同士がぶつかる。


「……くっ」


 何十ごうと剣を打ち合い、裕祇斗ゆぎとが剣を横にぐ。対峙たいじする青年はそれを受け止めるとやいばをずらし、剣をスライドさせる。それが喉元のどもとへ届く寸前で、裕祇斗はその剣をはじき、距離をとる。


「……へぇ」


 青年が感心したように目を細めた。二人が剣を構え直す。

 剣を片手で持ち、優雅な姿勢でかまえる相手には一切いっさいすきもない。裕祇斗は腰を低くし、足をる。しかし、一瞬早く地を蹴った青年は勢いそのままに裕祇斗の剣を弾き飛ばし、今度こそ、その喉元に剣先を向けた。


「ーーーーそこまで!」

「っ!」


 立ち合い人の声が響き、二人は剣をさやに収める。

 少しだけ長い水色の髪を後ろで一つにたばねた青年は、息の上がるもう一人の相手を見下ろしながら、腰に手を当てた。


「お前、少しは剣の腕を上げたじゃないか」

「…………あ、兄上……っ」


 この青年はこの国の第二王子で、裕祇斗の五つ上の兄でもある。

 母親ゆずりの水色の髪が良く似合う青年だった。

 次期王である第一王子と違い、国にいる責務せきむが少なく、割と自由に国を渡り歩いている。

 既に婚儀こんぎを済ませた身の上で、相手方の国で暮らしており、現在は城を出ている。

 放浪癖ほうろうへきでもあるのか、今でも突然城に現れ、忽然こつぜんと城を去る。

 自由気ままな性格かと思いきや、兄弟の中で一番の切れ者で文武両道。

 簡単に言えば天才、だ。

 第二王子は久しぶりに会った弟を見下ろし、フッと笑みを浮かべた。


「だが、まだ剣に力が入りすぎているな。無駄な力を入れるから反応が遅れる」

「…………はい……」


 裕祇斗はしぶい顔で返事をする。

 いくら毎朝剣術の稽古けいこをつけても、まだ裕祇斗の実力はたかが知れている。

 それに比べ、兄の動きに無駄はなく、かろやかだ。戦いともなれば、的確に相手の急所をいてくるだろう。正直、この人とは兄弟で良かったと、剣を合わせるたびに思う。


「…………あの、それで……。兄上はどのくらいこちらに滞在されるご予定なのですか?」

「ん?……あぁ。今回はちょっとした様子見だからな。だいたい状況は把握はあく出来たし、父上と母上に挨拶を済ませたら、夕刻にでもこの国を出るよ」

「そう……ですか。二日前にいらしたばかりなのに」


 少し声の調子が弱くなった弟を見て、青年は目を細めて微笑んだ。


「なんだ。寂しがってくれるのか」

「はい?!………………い、いや……その……」


 予想外の兄の言葉に思わず動揺し、反論がしどろもどろになってしまう。

 彼の浮かべた笑みは、心なしか面白がっているようにも見え、裕祇斗はぐっと言葉を押し込み、低くうなる。


「……そういえば、お前には珍しく、この二日城を出なかったな。婚約者に会うのが日課にっかだったろ」

「…………最近は私も城の公務がまってますし、芽依めいも聖堂の後処理があって忙しいみたいですから」

「ふぅん。それは残念。でもな、あれはお前の婚約者である前に、この国唯一の聖女だ。聖女を護るのはお前の役目。しっかりたせよ」

「ーーーー」

「では、私はそろそろ戻る」

「はい。ありがとうございました」


 痛いところを突かれてぐうの音も出ない裕祇斗は、色々な思いをいだきながらも、的確な指摘してきにとりあえず礼を述べる。

 青年はそんな彼を見てもう一度目を細めると、ひらひらと手を振ってその場を後にした。

 兄の姿が見えなくなると、裕祇斗は小さなため息をこぼした。

 ……兄の言う通り、あの日から雑務も溜まり、書類整理や街の警護など、寝る間もなく忙しい日々を送り、あれだけ毎日会っていた芽依と、二週間以上も会っていない。

 仕事が終わると既に夜で屋敷に行くような時間ではないし、自分もベッドに横になると倒れるように寝てしまう。朝は早くから芽依が聖堂のきよめの部屋に入ってしまうので、中に入れない。

 毎日仕事を馬車馬ばしゃうまのようにこなしても、例の一件と豊潤ほうじゅん祭の準備が重なって、仕事が一向いっこうに減らない。

 裕祇斗は大きく深呼吸したのち、訓練場の外を眺める。聖宮はここから走れば五分もかからないだろう。


「………………会いたいな……」


 せめて声だけでも聞けたら違うのかもしれない。我ながら女々めめしいとは思うが、正直な気持ちだ。

 兄は、彼女は婚約者である前に聖女だと言ったが、自分にとっては婚約者や聖女である前に『芽依』なのだ。

 婚約者だからとか、聖女だからではなく、芽依だから護りたいと思うし、自分が彼女のそばに居たい。

 兄も、そんな弟の気持ちは分かっているはず。

 聖女を護るのはお前の役目。その言葉通り、会いに行くのも仕事の内だと言っているのだ。

 つまり、そんなに会いたければ会いに行け、という、兄なりの優しさなのだろう。

 遠くで、パタパタと足音がする。もうすぐ誰かが自分を呼びにくる時間だ。

 裕祇斗は気合いを入れるように自分のほおを両手で軽く叩き、音のする方へ足を向けた。

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