第8話『オッサン、幼女の仕事を見守る』


「店主よ、あいかわらずうまかったぞ。また来る」

「はいよ! マチルダの姉御、今後ともごひいきに!」


 遅い時間の夕食を済ませたあと、俺たちはすぐには宿に向かわず、人のいない夜の街を歩いていた。

 戻ってもすぐに眠れる気がしないし、腹ごなしにはちょうどいい。


「……む」


 先をゆくマチルダに付き従っていると、彼女は突然足を止めた。


「急に止まるなよ。ぶつかるところだったろ」


 思わず声をかけるも、彼女が気にする様子はない。無言のまま、懐から取り出した死者の羅針盤を見つめていた。


「……ふむ。こっちじゃの」


 その羅針盤から伸びる光を追いかけるように、マチルダは方向転換。別の路地へと進んでいく。


「腹がいっぱいになって、急に仕事モードになったか」


 返事を期待するでもなく言って、その小さな背を追いかける。

 先程までと道幅は変わらないが、石畳が古い気がした。

 しばらく路地を進んだところで、マチルダは足を止める。その傍らに、半透明の存在があった。

 背格好はマチルダのそれと変わらない。どうやら子どもの幽霊のようだ。


「そいつが救いを求めている幽霊なのか?」

「ああ。数年前、この場所で馬車に轢かれて亡くなったそうじゃ。母親の誕生日プレゼントを買いに行く途中だったらしいの」

「不慮の事故ってやつか……それはまた辛いな」

「どうやら母親に伝えたい言葉があるそうじゃ。実際に伝えられるかはわからぬが、しばらく聞いてやるとしよう」


 そう言うと、マチルダは幽霊の隣に腰を下ろし、真剣な表情で相槌を打ち始めた。

 その様子を見ていた俺は、かつて彼女から聞いた話を思い出す。

 マチルダの故郷……エルフの里が魔王軍に攻められた時、彼女の両親も犠牲になった。

 当時勇者パーティーに同行していたマチルダは、両親を救えなかったことを悔やんでいたが、その頃から羅針盤を使って幽霊探しを始めた。

 大っぴらに口にしないが、彼女はずっと両親の幽霊を探しているのだろう。


「……これは、俺がいたところでなんの役にも立たないな」


 幽霊の姿は見えるが、俺は僧侶じゃない。

 ここはマチルダに任せるべきと、俺は静かにその場を離れた。

 一人で大通りへ戻ってくると、その道の端に置かれた銅像に気がついた。


「へぇ、これはもしかして、俺たちの銅像か? 昼間は気がつかなかったな」


 そこに並んでいる四体の銅像は明らかに勇者パーティーの姿を模したものだった。

 少し興味が湧いた俺は、魔法で指先に光球を出現させ、銅像たちを照らしてみる。

 200年という年月でかなり傷んでいたが、銅板に書かれた『魔王討伐の偉業を成し遂げた勇者たちをここに称える』という文字が、かろうじて読みとれた。

 おそらく、魔王討伐直後にはこのような銅像が各地に作られたのだろう。


「おいおい、元騎士団長のじーさん、ちょっと若すぎやしねーか」


 光に照らされた懐かしい面々を見ながら、思わずそう口にする。


「じーさんでこの調子だと、俺はどれだけ美男子にしてもらえてるのかね」


 冗談まじりに言って、自分の銅像を照らした直後、俺は固まった。

 ……そこにあったのは、首から上がない俺の銅像だった。

 他の三人は原型をとどめているのに対し、俺の銅像だけがあからさまに破壊されていた。


「おいおい……冗談きついぜ」


 銅像とはいえ、自分の首がないのは正直気持ちのいいもんじゃない。

 俺は頭を振ったあと、できるだけそれを見ないよう、急いで手元の明かりを消した。

 ……すると、そのタイミングを待っていたかのように、路地から何者かが飛び出してきた。

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