第9話『オッサン、襲われる』


「今の光、魔法だよな? あんたは魔術師なのか?」


 突然目の前に現れた人物は、漆黒のローブをまとっていた。

 その顔はフードに隠れていて見えないが、声からして男性のようだ。


「……魔術師だったら、なんだって言うんだ?」


 怪しいと思いつつも、俺はその男と対峙する。


「これを受け取ってくれ。貴重な魔導書だ」


 次に彼はそう言って、押し付けるように一冊の本を渡してきた。


「は? 魔導書だと?」


 反射的にそれを受けとると、男は踵を返して夜の闇へと消えていった。


「なんだったんだ……?」


 俺は首を傾げたあと、手元に残された魔導書に視線を送る。罠避けシーフ魔法で調べてみるも、特に何か仕掛けてある様子はなかった。


「貴重な、魔導書か……」


 戻ってきた静粛の中、その表紙に触れながら呟く。

 もちろん、俺が生きていた時代にも魔導書は存在していたし、魔術師によっては大量にコレクションしている奴もいた。

 俺も魔術師の端くれだし、200年後の魔法がどのようなものか、気にならないと言えば嘘になる。


「マチルダはまだ時間がかかりそうだし、少しだけ読んでみるか」


 再び魔法で明かりを灯すと、俺は近くのベンチに腰を下ろし、興奮を抑えながら魔導書を開いた。


「……うん?」


 ところが、そこに記されていたのは誰もが知る風属性の中級魔法だった。


「なんだ……こんなもの、俺はとうの昔に習得してるぞ」


 貴重な魔法だというから期待していたのだが、予想外の内容に俺は拍子抜けする。


「……ったく、ぬか喜びさせやがって」


 ため息まじりに魔導書を閉じて立ち上がった時、いくつもの足音が近づいてきた。

 不思議に思っていると、闇の中から黒のサーコートを着た連中が姿を現した。


「……今度はなんだ?」

「貴様、その魔導書をどこで手に入れた!?」


 呆気にとられていると、リーダーらしき男が語気を強める。


「いや、ついさっき、通りすがりの男に渡されたんだが」

「そんな見え透いた嘘を! 魔導書を盗み出した者がいると、すでに連絡は受けている!」


 正直に答えるも、彼らは俺の言葉を突っぱねた。


「その光は照明魔法だな。貴様、魔術師か?」

「そうだが……お前らは何者だ?」

「……見たところ、魔術師団の人間ではないな。さては『野良』か」

「『野良』だと?」


 リーダー格の男は、質問に答えることなくそう続けた。初めて耳にする単語に、俺は眉をひそめる。


「この大陸に存在する魔導書は全て、我らがアルバート魔術師団の管理下にある! 大人しく渡せば、身の安全は保証しよう!」


 聞き覚えのある団体名を口にしつつも、連中は一斉に杖を向けてくる。


「わ、わかったわかった。渡すから、変な気を起こすな」


 穏やかじゃないなと思いつつ、俺は地面をすべらせるように魔導書を彼らに渡す。


「……隊長! あの男、すでに魔導書の中身を見たようです!」


 直後に魔導書を拾った男が叫び、彼らの間にざわめきが広がっていく。


「そうか……野良の魔術師に中身を知られたとなれば、生かしておくわけにはいかん。総員、攻撃開始!」

「……おい、ちょっと待てよ!」


 両手を挙げて叫ぶが、彼らは聞く耳持たず。直後、その杖先に無数の火球がいくつも出現した。

 あれはファイアボルト……初級炎魔法か。

 たかが中級魔法の魔導書を盗み見たくらいで、どうしてこいつらはここまで怒ってやがるんだ。


「回避は……数が多くて無理か。なら、魔法障壁だな」


 防御が本職のマチルダほどではないが、かつては魔王の攻撃すら防いだ障壁だ。初級魔法をいくら撃たれたところで、傷一つつかないだろう。


「……!?」


 そう考えつつ、防御障壁の展開を試みるが……なぜか障壁は生み出されなかった。


「……どういうことだ」

「放てー!」


 次の瞬間、連中の杖から火球が撃ち放たれた。

 幽霊状態になって空に逃げる手も考えたが、今からでは間に合わない。


「くそっ……!」


 反射的に横っ飛びをするが、火球の一つが俺の脇腹を直撃した。

 猛烈な熱と痛みが襲い、俺は地面に倒れ込む。

 どうなってんだ。いくら魔法障壁がないとはいえ、たかが初級魔法一発でここまで体力を削られるとは。

 いや……これは魔法の威力うんぬんじゃなく、この幽霊の体に問題があるのか。

 今になって思えば、実体を持たない魔物に対して魔法は有効な攻撃手段だった気がする。

 俺は幽霊になった結果、魔法に弱くなってしまったというのか?


「奴がひるんだぞ! とどめだ!」


 予想以上のダメージに動けずにいると、再び無数の火球が向かってくる。

 ……これはまずい。

 背筋が寒くなったその時、俺の眼前に半透明の防御障壁が展開された。

 目と鼻の先に迫っていた火球の群れは、その障壁によって全て打ち消された。


「……姿が見えぬと思えば、こんなところで何をやっておる」


 その時、背後から呆れたようなマチルダの声が聞こえた。

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