第6話『オッサン、悪夢を見る』


「悪いなアルバート、俺は魔王側につくことにしたんだ」


 炎に包まれた故郷の村を背に、ハインが両手を広げて勝ち誇った顔を見せる。

 ハインは俺の親友……いや、親友だった。

 こいつはすでに、この世にはいない。

 つまり、今の俺は夢を見ているということだ。


「……200年経っても、まだ夢に出てくるってのか? というか、幽霊も夢を見るのか」


 誰ともなく呟いて、夢の中の俺は早く目覚めろとばかりに頭を振り、目を閉じる。


「いいかよく聞けアルバート、俺はこれから……闇の……」


 そんな願いが届いたのか、ハインの口上が遠くなっていく。

 それからすぐに、俺の意識は漆黒の闇の中に沈んでいった。


 ◇


 ……目を開けると、薄暗い天井が見えた。

 寝汗でぐっしょりと濡れたブランケットを蹴るようにどけて、俺は体を起こす。


「幽霊も寝汗をかくのか」


 ため息まじりに言って、もう一度頭を振る。ようやく意識がはっきりしてきた。


「んあー……確か、宿に戻ってすぐに寝たんだったか」


 隣のベッドで大の字になって眠るマチルダを見つけ、俺は苦笑する。

 あの後、夕方までマチルダに連れ回された俺は、宿へ戻るなり晩飯も食わずにベッドに横になったのだ。


「妙な時間に起きちまったな」


 あんな悪夢を見たあとだ。今から眠れる気はしない。

 俺はベッドを出て、窓際の椅子に腰を落ち着ける。

 ぎしっと、予想より大きな音がした。


「……なんじゃ、起きたのか」


 その時、ベッドの中から声がして、マチルダがもそもそと這い出してきた。


「起きるならもっと静かにせんか。わしまで目が覚めてしまったじゃろ」

「それは悪かったな」

「……どうした。疲れた顔をしておるぞ」


 平静を装ったつもりだったが、マチルダは心配そうに俺を見る。


「さては、幽霊のくせに嫌な夢でも見たか?」

「正解だ。がっつりと見た。例の親友の夢だよ」

「ああ……」


 吐き捨てるように言うと、マチルダは興味があるようなないような、微妙な反応を見せる。

 ……かつて、ハインは魔術師としての力を求めるあまり、俺たちを裏切って魔王側についた。

 奴らから闇の魔法を教わることを条件に、村を守る結界を壊し、魔王軍を村に引き入れた。

 それによって村は焼き尽くされ、俺は両親と故郷を失ったのだ。


「結局、その親友とやらは闇の魔法を扱いきれずに自滅したではないか。因果応報というやつじゃ」

「それはそうだが、親友に裏切られた事実は変わらないからな。おかげで人を信頼できない性格になっちまった」

「致し方ないことじゃが、難儀じゃのぅ。損しかないぞ」


 マチルダはそう言いながら、俺の対面に腰を下ろす。その拍子に、ウェーブのかかった金髪がふわりと揺れる。


「この年で考えが凝り固まると、そう簡単には変わらないんでね」

「では、わしが時間をかけてほぐしてやろう。なに、時間はたくさんある」


 頬杖をつきながら、マチルダは自信ありげに微笑む。それは普段の子どもっぽさを微塵も感じさせない、大人びた笑みだった。


 ……ぐう。


 思わず見とれていると、元気な腹の音がした。


「はう……少し腹が減ったの」


 俺が脱力していると、マチルダはどこか恥ずかしそうに腹を押さえる。そんな彼女に返事をするかのように、俺の腹も鳴った。

 理由はわからないが、幽霊になっても腹は減るらしい。


「そういや、晩飯食ってなかったな」

「わしもじゃ。せっかくじゃし、今から軽く腹に入れようではないか」


 言うが早いか、マチルダはぴょんっと椅子から飛び降りた。そして髪の毛を軽く結うと、壁にかけてあったコートを羽織る。


「かなり遅い時間だが、外に食べに行くのか?」

「うむ。この時間にやっている店を知っておる」


 テキパキと準備を進めながら、彼女は言う。


「……まさか、いかがわしい店じゃないだろうな。お子様が入れるのか?」

「普通の飲食店じゃ。お子様も幽霊も入れるぞ。ほら、お主も早く支度せんか」


 支度と言われても、俺は特に準備は必要ない。


「先に表で待ってるぞ」


 ランプを手にするマチルダにそう言うと、俺は物質化の魔法を一時的に解除。幽霊モードとなって窓を通過し、一足先に地上へと降り立った。


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