第4話『オッサン、年の差を考える』


 ようやくホルトの街にたどり着いた頃には、すっかり日が暮れていた。

 適当に夕食を済ませて宿を取ると、二階の部屋へと案内される。


「んー、さすがに歩き疲れたのう。幽霊探しは明日からじゃ」


 すっかりリラックスモードのマチルダは、その三つ編みを解いてベッドに倒れ込む。

 僧服から薄青色の寝間着に着替えていて、その金髪も相まってまるで人形のようだ。

 そんな彼女を後目に、俺は窓の外をぼんやりと眺めていた。

 眼下の大通りを行き交う人々は誰もが早足で、家路を急いでいるように見える。

 そんな雑踏の中に、半透明の存在がいくつも見受けられた。


「……なぁ、マチルダ。いかにも幽霊っぽいやつらがいるんだが」

「おお、アルにも見えるか。やはり今のお主は、彼らに近い存在なんじゃの」


 すると、マチルダはどこか嬉しそうに起き上がり、俺に近寄ってくる。


「羅針盤が指し示す幽霊ってのは、あいつらのことじゃないのか?」

「違うの。特段救いを求めておるわけでもなく、悪さをするわけでもない。あまり自我が残っておらぬのか、ただ佇んでいるだけのようじゃ」


 死者の羅針盤を手にしたマチルダが、俺と同じように窓の外を見ながら言う。


「やっぱり、連中は夜になるとああやって出てくるのか?」

「昼間も出ないわけではないが、夜のほうが動きやすそうじゃの」

「それなら、俺も夜になると身体能力が上がったりするのか?」

「アルの場合は特殊じゃからな。特にそんなことはなかろうて」


 そう言いながら羅針盤をしまい、再びベッドへ向かうマチルダだったが、そこでふと足を止める。


「……いや待て。伴侶になって初の夜という意味では、活動的になってもらったほうがよいのかもしれん」


 それから冗談なのか本気なのかわからないことを言って、彼女はベッドに潜り込む。

 そして顔の下半分を隠しながら、なんとも言えない視線を俺に向けてきた。


「おやすみ。ちゃんと歯磨きしろよ」


 俺はそれを全力で流すと、自分のベッドに入ってブランケットを頭からかぶった。


「こらー! 初めての夜に何もせずに過ごすつもりかお主はー!」


 薄いブランケットの向こうから、叫び声が聞こえる。こいつは何を言っているんだ。

 どんな勘違いをしているのか知らないが、俺にとってマチルダはあくまで旅の伴侶だぞ。

 というか、年の差を考えろ。見た目は金髪幼女だが、実年齢は500歳……いや、さらに200年経ってるから、700歳か。

 俺も現在は238歳だから、その差が……ええい、計算がめんどくさい。


「アルバートの意気地なしー!」

「誰が意気地なしだ。隣の部屋に迷惑がかかるから、大きな声を出すな。早く寝ろっ」


 文句を言うマチルダを咎めるが、彼女が静かになることはなかった。

 まったく、大人ぶっているかと思えば、急に子どもっぽくなるんだからな。困ったもんだ。


「じゃあせめて、明日は街の案内を兼ねてデートじゃ! それくらいならよかろう!?」

「わかったわかった」


 何か妙な単語が混ざっていた気もするが、すでにやってきた睡魔を受け入れつつあった俺は適当に返事をしておく。

 物質化の魔法をかけてあるせいか、幽霊でも眠くなるんだな……なんて思いつつ、俺はまどろみの中に沈んでいった。


 ◇


 ……その翌日。


「は? デートだと?」

「そうじゃ。昨日約束したぞ」


 幽霊になっても飯が食えるとか、物質化の魔法は万能だな……なんて思いながら朝食を堪能していたところ、マチルダが満面の笑みでそう言ってきた。


「……記憶にないぞ」

「そんなこと言っても逃しはせんからな。生まれ変わったこの街で、わしとデートじゃ」

「そんなのより、幽霊探しはいいのか」

「ある程度目星はついておる。それに、あやつらが動くのは基本夜じゃ」


 何が嬉しいのか、ニコニコ顔のまま言葉を紡ぐ。

 そういうことなら、日中は特に気にする必要はないのか。


「お? お嬢ちゃん、父ちゃんとお出かけかい?」

「違うのじゃ! デートじゃ!」


 その時、食事の様子を見に来た宿屋の亭主がニコニコ顔で言うも、マチルダは頬を膨らませる。

 実年齢はともかく、マチルダの見た目は幼女だからな。親子に間違われるのも、この際仕方がないと思う。


「まったく、失礼じゃの……表で待っておるから、早く用意してくるのじゃぞ」


 そう言うが早いか、マチルダは宿屋を飛び出していった。

 父ちゃんも大変だねぇ……なんて亭主の言葉に適当に相槌を打ちつつ、俺は残りの朝食に取り掛かったのだった。


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