第5話(3)突然の多様性

「どうぞ」

「ど、どうも……」

 愛一郎から紅茶を差し出された美蘭は恐る恐るカップを見つめる。

「ふふっ、心配しなくても大丈夫ですよ」

 美蘭の対面に座る愛一郎がふふっと笑う。

「え?」

「毒の類は入っておりません」

「ど、毒って……」

「しびれ薬の類もね」

「く、薬……」

「冗談です」

 愛一郎がカップに口をつける。美蘭もそれを見て、カップに口をつけて、紅茶を飲む。

「……美味しい」

 一口飲んで、美蘭は素直な感想を口にする。

「良かった~この味が分かる人がなかなかいなかったんですよ~」

 愛一郎が微笑みを浮かべる。

「あ、ああ……」

 美蘭は周囲からこちらを伺う四人の男子をチラリと見て納得する。

「……学園生活には馴染んできましたか?」

「……段々とではありますけど」

「それはなによりです」

「ええ……」

「すみません」

 愛一郎がカップをテーブルに置いて頭を下げる。美蘭が面食らう。

「え、ええ……?」

「まだ転校間もない方を生徒会活動にお誘いしてしまって……ただでさえバタバタとしているのに、大変だったでしょう?」

「ま、まあ……」

「本当に申し訳ありません」

 愛一郎が再度頭を下げる。美蘭が小声で先ほどと同じ感想を呟く。

「ま、まともだ……」

 愛一郎が頭を上げて、笑顔で話し始める。

「……無理強いすることは出来ませんが……ただ、手伝ってくれるとたいへんありがたい業務があります。毎日の放課後、一時間位の時間で、今日から五日間ほどの業務です」

「そ、それくらいなら……」

 美蘭は思わず頷く。

「……体育祭の練習視察ですか……」

 校庭に来た美蘭が呟く。

「ええ、そうです」

 愛一郎が頷く。美蘭が一応問う。

「……わざわざ生徒会が視察する必要があるんですか?」

「この最上学院の体育祭は、なかなか特殊な種目もありますから」

「……それは先のスポーツテストでも実感しました」

「それならば話は早いですね。もちろん教職員の方々も目を光らせていますが、生徒自治を謳う我が校の生徒会が動かないわけにも参りませんので」

「……それで? 何を視察すれば?」

「今日は初日なので、とりあえず、全体をざっとご覧になっていただければ……」

「全体……分かりました」

「一時間後にここで集合して、生徒会室へ戻りましょう」

「はい」

「それでは……」

 美蘭と愛一郎が二手に分かれる。

「おらあっ!」

「!」

 美蘭が視線を向けると、たった一人で他の騎馬を組んでいる生徒たちをバッタバッタとなぎ倒す強平の姿があった。

「す、すげえ! も、文字通り単騎なのに!」

「一騎当千だ!」

「へへっ、当たり前だろうが、こちとら『最強』だぞ?」

 強平が鼻の頭をポリポリと擦る。美蘭が呆れ半分で呟く。

「……あれじゃあ『騎馬戦』じゃなくてただの『馬戦』じゃないの……うん?」

「そらあっ!」

「‼」

 美蘭が視線を向けると大きな皿にドカドカと盛られた料理をあっという間に平らげてみせる雄大の姿があった。

「おおっ! こっちもすげえぞ!」

「もはや『デカ食い』じゃなくて、『ドカ食い』だ!」

「ふふん、それは当然、『最大』だからね~」

「あ、あれは……『大食い競争』? 競争要素必要あるのかしら?」

 愛一郎から渡された手元の資料を確認しながら美蘭は首を傾げる。

「おお、速え!」

「うん?」

「文緑がダントツだ! 今年も陸上100m個人メドレーはあいつの圧勝だな!」

「はっ、誰だと思っているんだ? 『最速』だぞ?」

 走り終えた速人がこれでもかと胸を張る。それを見た美蘭はもっともな疑問を口にする。

「……陸上で個人メドレーってなに?」

「ご説明いたしましょう!」

「⁉」

 声に驚いて振り返ると、テントの中でマイクを握りしめる正高の姿があった。

「陸上100m個人メドレーとは、スキップ、後ろ向き走り、〇ちゃん走り、通常のダッシュの順番で行われる日本独自に発展を遂げた競技です!」

「そ、それは独自でしょうね! 欽ちゃんの説明からしないといけないし!」

「……ここで一曲、聴いてもらいましょう! 爆風スランプで『Runner』! ~♪」

「きょ、曲をかけた⁉」

「イエーイ! さすがの選曲だぜ!」

「当然のことです……私は『最高』ですから」

 正高が眼鏡をクイっとあげる。

「色々と活躍しているのね……えっと、後は、『応援合戦』か……その前にお手洗い……校舎に戻るのはちょっと面倒だから、そこのお手洗いに……さすがマンモス校、校庭にもいくつもお手洗いがあるなんて……男女兼用だけど、まあいいわよね……はっ⁉」

「えっ⁉」

 お手洗いに入った美蘭が驚く。バッチリとメイクをして、チアリーダー姿になった愛一郎が鏡の前にいたからだ。愛一郎が慌てる。

「こ、これには理由が……」

「皆まで言わないで」

 美蘭が片手を掲げる。

「え……?」

「多様性の時代ですものね、個人の趣味嗜好にとやかく言ったりしないわ……」

「ボクは自らのことを『最愛』しているから……やっぱり相応しい格好をしないと……」

「……ん? ……!」

 校庭内にブザーが鳴り響く。が舌打ちする。

「第二駐車場の方に悪の組織が侵入した⁉ すぐに駆け付けられるのは……ボクだけか……『セイバーチェンジ』!」

「えっ⁉」

 愛一郎が左腕に着けた腕時計を操作すると、桃色の眩い光に包まれ、ヒーローの姿になる。

「悪の組織を華麗に片付けてきます!」

「ピ、ピンクセイバー⁉」

 華麗に走り出していった愛一郎の背中を美蘭は驚きの目で見つめる。

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