【Proceedings.40】騙される竜と幻惑する塩引く鼠.05

「ぴんぽんぱんぽーん、皆さま、こんにちは! 放送団の猫屋茜です。本日、急遽デュエル開催となりました」

 茜が校内放送を使ってデュエル開催のお知らせが流れる。


 天辰葵と申渡月子、丁子晶と酉水ひらりは、学園内中央にある池、池と言うよりはもう湖でいいんじゃない、と思えるような池の前で向かい合う。

 ただ今回やる気があるのは丁子晶くらいのものだ。


 酉水ひらりは相変わらず眠そうにしており、今も欠伸をしている。

 申渡月子は何とも言えない、微妙な表情を浮かべている。

 天辰葵はそれなりに楽しそうな顔をしていて、丁子晶だけが、やる気に溢れている。


「はい! 丁子晶は天辰葵にデュエリストとして決闘を申し込みます!」

「私、天辰葵は丁子晶との決闘をデュエリストとして受ける!」


 二人がデュエルの宣誓を行うと辺りに地響きが鳴り渡る。

 学園、中央の池が二つに割れ、水しぶきと共に水底から円形闘技場が浮上してくる。

 

 それと同時にどこからからともなく美しいコーラスが聞こえてくる。

 円形闘技場少女合唱団だ。

 

 そのコーラスは奇跡的にまで美しく調和され、神を讃えるかのように辺りに響き渡る。

 それぞれの声が独自の色を放ちながらも、それらは完璧に調和することで夜空を彩る星々のような輝きと雄大ささえ感じさせる。

 聞くものすべてを感動の渦に引き込む歌声は、歌詞はともかくとてもファンタスティックな体験を約束してくれている。

 だが、彼女達の姿を見た者はいない。いついかなる時も逆光となっておりその姿を見た者はいない。


「決闘決闘決闘決闘! その時が来たー!」

「決闘決闘決闘決闘! 今こそたちあーがれー!」

「決闘決闘決闘決闘! 雌雄を決するときだー」


 生徒会室で戌亥道明の持つ絶対少女議事録の議事の文字が凄い勢いで様々な文字に変わり始める。

 戌亥道明はハッ、とした表情を見みせ生徒会長の椅子から立ち上がろうとするが、卯月夜子はそれを覇気だけで押しとどめる。

 鬼のように鋭い眼光で戌亥道明を睨む。

 戌亥道明は軽くため息をついて、今回のデュエルの観戦を諦める。

 今の卯月夜子に背後を見せるのは、生徒会長、戌亥道明をもってしてもあまりにも危険すぎる。


 その奇跡のようなコーラスが響き渡る中、丁子晶は酉水ひらりの手を引き階段を登っていく。

 天辰葵も申渡月子をエスコートする騎士のように反対側の階段を登っていく。


 そして、階段を登り切った四人は円形闘技場のステージにて相対する。


 放送室から急いで実況席に走ってきた猫屋茜は、とりあえずマイクのスイッチを入れてしゃべりだす。

「ええっと、では、望さん、ああ、すいません。最初に今日の解説の紹介の方を。今回は未来望さんに解説のほうをお願いしています!」

 猫屋茜は慌てていて自分の紹介を完全に忘れて解説席に座っている糸目の優男にマイクを向ける。

 そうこうしているうちに、放送を聞いてか生徒たちが集まり観客席も埋まり始める。

「自分でいいのかい? 会長はどうしたの?」

 と、色々と急なデュエルで慌てふためいている猫屋茜を見ながら、未来望はまるで他人事のようにそう言った。

「あー、会長は夜子さんと、なんだか揉めていて今は頼める様子ではなかったので」

 酉水ひらりからデュエル開催の話を聞きつけ、猫屋茜が会長室に行くと、二人はまだ言い争って、いや、卯月夜子が一方的に戌亥道明に詰め寄っていた。

 特に卯月夜子の雰囲気はすさまじく会長に解説を頼める雰囲気ではなかった。

「そう、まだ揉めているんだ? あの二人。まあ、なら仕方がないね。自分ができる限りの解説をがんばるよ」

 と、そういうがどこか軽薄そうながらも朗らかな雰囲気でそう言った。

 軽薄そうと言えば聞こえが悪い。

 どちらかと言うと覇気がないと言ったほうが正しいかもしれない。


「ありがとうございます!」

 ただ猫屋茜はそんなことは気にせず今のうちに喋れるだけ喋っておく。

 どうせデュエルが始まれば、解説不可能な事態になるに違いないと、そう考えているからだ。

 そもそも天辰葵は神速で行動するので、一般生徒である猫屋茜には目で追えないのだ。

 それでは実況のしようがない。

「とはいえ、天辰さんはここ最近出ずっぱりで本人も刀の解説もいらないんじゃない?」

 できる限り頑張る、と先ほど言ったばかりの未来望はいきなり解説を放棄しようとする。


「ま、まあ、そうですね」

 ただ未来望の言うことも最もなので猫屋茜も同意せざる得ない。

「晶が呼び出す刀、有名百銭の説明も、もういらないでしょう?」

 更に未来望は有名百銭の解説も端折りにかかる。

「ま、まあ、たしかに…… そうですね。財布の中身があればあるほど強くなる神刀ですね」

 一応、有名百銭の最低限の補足はしておくが、確かにデュエルではよく使われる神刀なので最早解説する意味もない。

 ただそれはそれとして、省かれると猫屋茜としては寂しいものがある。

「ちょっとした豆知識で言うならば、有名百銭は賽銭をイメージしてるんじゃなかって説があるくらいだね」

 そんな猫屋茜を見た未来望は、急にそんなことを言い出した。

「そ、そうなんですか!? し、知りませんでした!」

 と、猫屋茜が喜んだところで、

「ごめん、今しがた自分が考えた嘘だよ」

 未来望は悪げもなくそう言った。


「望さん!?」

 驚いた顔で猫屋茜は未来望のほうを見るが、未来望はそれを無視して今度は勝手に解説を始める。

「残りは晶。丁子晶の解説だね。自分と会長、景清さんを含めて三強なんて言われているけど、それに続くデュエリストではないかと言われているね。まあ、自分の実力はたかが知れているけどね」

 未来望は自分は強くないと謙遜するようにそう言った。

「いや、そんなことないですよ! 望さんは凄いデュエリストだと思いますよ! それはさておき、丁子さんは実力No.4のデュエリストってことですね!」

 猫屋茜が乗る気になって話を聞き返すのだが、

「まあ、勝率だけみれば…… だけどね。勝率が実力とは限らないけどね」

 と、今度はそんなことを言い出し未来望はクスリと笑う。

「えぇ…… どっちなんですか?」

 未来望のはぐらかすような言い方に、翻弄される猫屋茜は回答にも困る。

「実際、強いよ、晶は。特に天辰さんのようなタイプにとっては苦手かもしれないね」


 丁子晶は自身に宿る神刀。

 その力を一番引き出せるのに最も秀でたデュエリストと言える。

 丁子晶を相手取るとということは、二本の神刀を相手にしなければならないという事と同義なのだ。

 自然の理から外れた神刀の力、それがどれだけのアドバンテージなるか説明するまでもない。

「そうなんですか? つまり天辰さんの神速に対抗手段があるということですね?」

 それがどういったものなのか、猫屋茜には想像もつかないが、あの天辰葵の神速をどう攻略するのか、それは見ものである。

「そうだね。どんなに速く鋭い攻撃も当たらなければ意味がないからね」

 未来望はそう言って朗らかに笑った。

「なるほど、私にはまだよくわかりませんが、とにかく試合を実際に見てくれってことですね!」

 ここでしつこく聞いてネタバレをするようでは実況者として失格だ。

 猫屋茜はそうまとめる。

 それに円形闘技場のステージにいる四人にそろそろ動きがあるようだ。

「あはは、まあ、そうだね」

 そんな猫屋茜を見て、未来望はやはり朗らかに笑った。


 そうして神刀召喚の儀が行われる。




 円形闘技場の丁子晶が酉水ひらりを抱き寄せる。

 相変わらず眠そうでやる気がなさそうな酉水ひらりだが、少しだけ嫌そうな顔を見せる。

 そんな酉水ひらりを丁子晶は楽しそうにじっくりと見た後、その首筋にキスをしようとする。

 が、それを酉水ひらりに手でさえぎられ、ここにとばかりに酉水ひらりは頬を指さす。

 丁子晶は仕方なく酉水ひらりの桃のような頬にキスをする。

 美しく滑らかでとても柔らかい頬が輝きだし、そこから剣の柄が現れる。

 丁子晶はそれをゆっくりとねっとりと引き抜く。

 酉水ひらりはそれをだるそうな顔で耐える。

 引き抜かれた神刀を丁子晶が天に掲げ、


「やはり銭、銭はすべてを解決する! 有名百銭」


 と、神刀の名を宣言する。




 天辰葵が申渡月子を抱き寄せてその瞳と瞳でしばらく見合う。

 その後、天辰葵は申渡月子の体に沿うようにしながらしゃがみ込み、申渡月子に恭しくも華麗に跪く。

 優雅で丁寧に申渡月子の靴を脱がし、靴下を脱がす。

 その美しい足を十分に見た後、愛おしいようにその足に、爪先に熱くキスをする。

 申渡月子の爪先が輝きだし刀の柄が現れる。

 その柄をやさしく掴み、ゆっくりと優雅に刀を抜き放ち、それを天に掲げる。


「月の下では何事も仔細なし! 月下万象!」





━【次回議事録予告-Proceedings.41-】━━━━━━━



 運命が蠢動し始める、鼠と竜が争いう出す。

 鼠に翻弄され竜が戸惑う。



━次回、騙される竜と幻惑する塩引く鼠.06━━━━━

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