【Proceedings.39】騙される竜と幻惑する塩引く鼠.04

 丁子晶は酉水ひらりを屋上に呼び出していた。

 葵に挑む際のデュエルアソーシエイトになってもらう為だ。

「ねえ! ひらりちゃん。葵ちゃんに勝つのにどれくらいかかると思う?」

 その質問をひらりはあくびをしながら聞く。

「晶が戦って?」

 そして、眠い頭で考えてそう聞き返す。

「はい!」

 と、晶は元気よく答える。

「うーん、五十万くらいじゃない?」


 ひらりはまず適当に見積もる。

 それに晶の実力を合わせて再計算する。

 更に少し余裕を持たせて計算して、恐らく勝てると思える金額を提示した。

 これが瞬時にできるひらりはデュエリストとして、相手の力を見抜く力があるからだ。

「そっか! なら足りそう」

 と、晶は喜んだ。

「えー? そんなに稼いだの?」

 と、眠そうな目を開いて、ひらりが少しばかり驚く。

「はい! いくつかバイト掛け持ちしたので!」

 たしかに最近、様々なバイトに晶が手を出していたのをひらりは知っていた。

 それがバイトを同時に複数掛け持ちしてまでとは、思っていなかった。

 なんだかんだで晶は勝ちに貪欲だ。


「おおー、やる気だね」

 自分には出ないやる気にひらりが驚き感心する。

 自分でもバイトをすればより有利になれるひらりだが、彼女にその気力はない。

 働く気力が彼女にはない。

 そもそも絶対少女も、それほど強くは目指していない。

 なれるならなって、大金を得たいか不労所得でも得たい、それくらいにしか考えていない。

 そもそも彼女にはやる気が皆無なのだ。

「で! いいかな。デュエルアソーシエイトを頼んでも」

「いいよー、今回は…… 一万円で良いよ」

 ひらりは晶の顔を見てその値段を提示する。

「はい!」

 と、晶が元気に返事をした。


 それを見ていた者がいる。

 綾だ。巳之口綾だ。彼女は屋上の塔屋の上から二人を見下ろしていた。

 盗み聞きしていたわけではない。

 綾にしては珍しく日向ぼっこをしていたら、二人がやって来ただけだ。

「ひらりちゃん…… 晶は一万円なのね…… 巧観ちゃんだけ安い…… わたしはより高いけど……」

 そう綾は二人に声をかけるわけでもなく、まるで独り言のように言った。


「巧観ちゃんは凛々しいからねぇ」

 晶は綾の存在に驚いていたが、ひらりは特に驚いていない。

 そして、ひらりは最近のお得意様だった巧観のことを思い出す。

 巧観は女だが、ボーイッシュで凛々しい。

 ひらりの好きなビジュアルをしている。

 何より綾のように気持ち悪かったり、晶のような嫌いな人間ではない。

 だから、言うならばそれがどちらかというと適正価格なのだ。

「じゃ、じゃあ…… 葵は? 葵だったらいくらなの?」

 そこで、綾が何かを思いついたように、もしくはライバル心を燃やすかのようにそう聞いた。

「あー、あの見た目のすごく良い変態さんかぁ…… うーん、最初は特別価格で千五百円…… かな?」

 と、格安の金額をひらりは答える。

 あの顔で足にキスをされるのはひらりとしても、想像するだけでゾクゾクと来るものがある。

 ちょっと足にならキスされてみたいとすら思える。

 あんな美少女が自分に跪いてキスしてくれるなど、そう体験できることではない。

 それに見ている分には、少なくとも周りからは、とても優雅に思える。

「やっぱり見た目なのね……」

 と、綾が残念そうにそう言った。


 それはたしかに、とひらりは思いつつ、

「いやー、綾ちゃんはただ単に気持ち悪いだけだよー、ついでとばかりにほっぺを舐めて来るし」

 と、最近綾のデュエルアソーシエイトになる金額をあげた理由を素直に述べる。

「お、美味しそうなので…… つい……」

 と、綾がそのせいで値上がりしたのか、と後悔するが嫌われてはいなかったことに喜びもする。


「はい! その話は後にしてくれる?」

 と、晶が元気でにこやかに笑いながら、でも目だけ鋭く綾に声をかける。

 その直後、綾は屋上の塔屋からニョロニョロと這いずり降りて、屋上からも逃げるように降りて行った。

「逃げてったー」

 と、ひらりがおもしろそうにその様子を見送る。

「なんなんですかね、あの人は」

 と、晶が理解できないとばかりにそう言った。

「綾ちゃんは気持ち悪いけどいい子だよ、気持ち悪いけど」

 と、ひらりはそう眠たそうにそう言った。

「そうなんだ!」

 と、晶は表面上は笑顔でそう言って、ひらりのご機嫌を取る。

 そんな晶を見て、ひらりは思いついたように提案する。

「あ、そうだ。今回の料金いらないから、ひらりの時も力かしてよ」

 と、ひらりは逆に晶に頼み込んだ。

「ひらりちゃんのデュエルアソーシエイトに?」

 その瞬間、晶の中で色々と思考が廻る。

 今ひらりは相当な金額を持っている。

 下手をすれば戌亥道明とやり合えるほどの金額を有しているはずだ。

「うん。最近またデュエル流行ってるじゃん? ひらりもまたやりたくなってねー」

 と、ひらりは眠そうにしながら返事をする。

「はい! それは別にかまわないけど」

 今、ひらりが持っている金額で、ひらり自体がどれほど強化されているのか、それだけは一応、確認だけでもしておくのも悪くはない。

 とりあえず、ひらり自身のデュエルアソーシエイトになっておけば、ひらりのターゲットにはならないはずだ。

「ひらりもね、だいぶ軍資金溜まって来たんだ」

 そう言って、眠そうにしながら、ひらりはえへへと笑った。

「ふーん…… で誰を狙うの?」

 晶も表面上は笑顔を作りながら、警戒は怠らない。

 一番重要なことを聞く。

「まだ決めてないー」

 と、ひらりは眠たそうにそう言った。




 綾は屋上から逃げた足で食堂へと向かう。にょろにょろと這うように向かう。

 日課の月子、それと命令で追加された葵の観察もあったが、葵にも伝えておきたいと、一応は友達になったのだからと、そう考えてだ。

 食堂についた綾は食堂でメイド姿の葵を発見すると気配を消して近寄る。

「葵…… 葵……!」

 柱の影から綾は葵に声をかける。

「ん? なんだい、綾」

 葵はメイド服を着て忙しそうにウエイトレスの仕事をしている。

 それでも立ち止まり葵は綾の話を聞こうとする。

 綾はそれにも一種の感動を覚え、友達のありがたさを再確認する。

 

「晶が葵を狙ってるわよ」

 葵が忙しそうだったので、綾は手短にそう伝える。

 いや、綾のことだ。

 葵が暇そうにしていても用件だけを手短に伝えたことだろう。

「うーん、理由はなんだろう?」

 と、葵からすれば因縁を吹っ掛けられるようなことはしてないと、そんな顔をした。

「さあ、でも晶は…… 詳しくは知らないけど強い願いがあるらしい…… わ」

「まあ、私も月子のお姉さんを探すと約束したからには、私も受けて立つよ」

 と、葵は軽い気持ちでそう言った。

「気を付けることね。かなりのお金をためてひらりちゃんを雇うようよ」

 あまりにも葵が軽そうに言ったので、綾は追加で葵に警告をする。

「あー、そのためのバイトだったのかー 情報ありがとう、綾」

 葵は納得して、ひらりと言う気だるそうな少女のことを思い出す。

 確か所持金次第では刀の力が増すと言う神刀を宿した少女だ。

 今までそれほど脅威に感じたことはなかったが、綾がこうして忠告してくれに来ているということはただ事ではないのだろう、と葵も考えを改める。

 神刀の強化次第では月下万象をもってしても正面から打ち合うのはきついかもしれない。


「いいわ。その代わりわかっているわね?」

 そう言って綾は口が裂けるかと思えるほど口角を上げた。

「もちろんだよ。部屋での月子の様子でしょう?」

 そう言って、葵も微笑む。

 葵としては月子との惚気を話せて、綾としては観察できない月子の部屋での様子を聞けるウィンウィンな関係なのだ。

 最初こそ、綾も葵に嫉妬を焼いていたが、葵は自分からは口では、なんだかんだと言う割に余り行動自体は起こさない。月子もそれに応じないので綾も今は安心して話を聞けている。

 そうやってこの二人は友情を育んで来ているのだ。

「ええ…… 詳しく……」

 そう言って綾がまだ見ぬ月子に想いを馳せっていると、

「誰の何を詳しくですか?」

 と、月子が白い目で葵と綾を見ていた。

 その瞬間に綾は柱の根元で体育座りをして丸く固まった。


 だが葵は、優雅に振り返り、月子の方を見る。

「私と月子の惚気話だよ、月子!」

 そして、そんなことをほざき始めた。

「惚気るような事したことありませんが?」

 と、月子が少し苛立ちながらそう言った。

「何を言ってるんだよ、昨日の夜もバァニィガァルの件で語り明かしたじゃないか」

 と、葵が周りも気にせず大きな声でそんなことを言いだすので、

「わたくしが撤去をお願いして葵様が拒んでいただけですよね?」

 と、月子も顔を赤くして少し大きな声でそう答えた。


「え? 葵が月子の言葉を拒んだの?」

 それにたいして、天蕎麦を食べている巧観が驚いたように聞き返した。

 巧観はてっきり葵は月子の完全なるイエスマンだと思っていただけに少し驚いている。

「私にだって譲れないものはあるさ」

 葵はそう言って微笑んで見せる。


 ただ綾は月子のその言葉を聞いて、体育座りをしたまま、こてんと横に倒れた。

 それほどショックだったようだ。

「あ、綾が固まっている」

 と、それを見た巧観がそう言った。

「た…… 楽しみにしていたバニーガールのお姿を見られない……!?」

 と、綾は今、絶望に打ちひしがれている。

「ほら、月子! 綾もこんなに落ち込んでいるじゃないか! ここはどうにか一度だけでも! それがダメならメイド服だけでも!」

 と、葵に言われて、月子も考える。

「バニーガールは絶対嫌ですが、メイド服の方なら…… ま、まだ……」

 と、確かにこの食堂のメイド服はかわいい。

 月子も一度くらいは袖を通してみたいと前々から思ってはいる。

 ただそれを他人に見せるのはやはり気恥ずかしい気持ちもある。

 それでも、ここまで何度も世話になっている葵に言われれば、月子の気持ちも動きつつあるというものだ。

「おお!」

 と、月子の軟化に葵が喜び、

「月子様のメイド服姿!!!」

 新たなる希望を見つけた綾が立ち上がり、

「つ、月子の…… メ、メイド姿!?」

 想像して顔を赤面させる巧観がいる。

 それらを見ると、月子も嬉しい半面、やはり気恥ずかしい気持ちが大きくなっていく。


「はい! 葵ちゃん」

 葵、綾、巧観の三人が希望を見出していた時、不意に晶に声をかけられる。

「こんにちは、晶。デュエルのお誘いかな?」

 そう言って葵は晶を見る。

 今日はメイド服ではない。

 ピンク色に改造された制服を着ている。

「はい! 綾ちゃんかな? まあ、良いですよ」

 晶はそう言って不敵な笑みを浮かべる。


「私に勝ったら何を命令するつもり?」

 とりあえず理由だけもと葵がそれを聞こうとする。

「特に葵ちゃんに命令したいことはないけど…… あっ、負けたらずっと芋ジャージでいてください!」

 特に思い浮かばなかったが、葵と言うルッキズムの象徴のような美少女に、これ以上魅力的な恰好をして欲しくなったから、晶はそれを思いついた。

 流石の葵も芋ジャージをずっと着せていれば、その魅力も半減するだろう、と。

「ただの罰ゲーム?」

 それを聞いて巧観がそんなことを言った。

「じゃあ、私が勝ったら晶にはバニーガールの衣装を着てもらおうかな」

 葵はそう言って晶を見た。

 体のラインは凹凸が少なく葵の好みではないが、中々美しい容姿をしている。

 それもまた良いだろうと、と葵はそう考えた。

「ええ!」

 と、晶が驚くが嫌な顔はしていない。

 むしろ、少し嬉しそうな表情を浮かべている。


「あ、葵様、それは色々と不味いですよ」

 と、月子が冷や汗を垂らしながらそう言った。

「う、うん…… 葵、それは色々と不味いよ」

 月子に巧観も同意する。


「まあ! いいですけど」

 ど、晶は気軽に了承する。

「あー、いいんですね、晶さん」

 と、巧観が何とも言えない顔でそう言った。





━【次回議事録予告-Proceedings.40-】━━━━━━━



 ついに鼠と竜が争い始める。

 勝つことに貪欲な鼠と遊び気分の竜の戦いが始まる。



━次回、騙される竜と幻惑する塩引く鼠.05━━━━━

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