騙される竜と幻惑する塩引く鼠

【Proceedings.36】騙される竜と幻惑する塩引く鼠.01

 ここは永遠の学園の園、神宮寺学園。

 絶対にして完全なる学園。

 桜舞う常春の学園。

 その学び舎から、姿はどこにも見えないのだが、どこからともなく少女達の噂話が聞こえてくる。


「ねえ、ミエコ、シャベルコ。前回のデュエルも何だったのかしらね? あんな剣を自由自在に扱うのは確かにすごかったですけど」

「凄かったですね。兎ちゃんも葵ちゃんも頑張りました!」

「頑張った…… んですかね? あれは?」

「ええ、私は感動してますよ!」

「ミエコ、感動する場面何てあった?」

「シャベルコさんからすれば、そうなんじゃないんですか?」

「それはそうとエミコのお気に入りの子が、今回、動くみたいね」

「ああ、いいですねぇ」

「あんまり好きじゃないのよね」

「私もあの人はあんまりですね」

「えぇー、あれが、性格が少し悪そうなところが良いんですよぉ」

「まあ、ミエコの趣味に口出しはしないけど」

「どうなるかは楽しみですね」

「「「クスクスクスクス……」」」




 桜の花が舞う桜並木の隣にあるちょっとした広場がある。

 そこにはシーソーが設置されてある。

 そのシーソーに男二人が跨っている。

 一人は普通の学生服だが、もう一人は半裸で男にも関わらずブラジャーをつけている。

 溢れんばかりの胸襟にはちきれんばかりのブラジャーをつけている。

「ハハハ、亮よ、そろそろ我と付き合わぬか」

 丑久保修は牛来亮にそう笑顔で頬を染め語り掛ける。

「アハハ、修。何度も言ってるけど僕は男と付き合う気はないよ」

 それに亮は笑顔でその気はないと告げる。

「それでは再戦できぬではないか、アハハハハ」

 修も笑顔で答える。

 二人はシーソーに乗り、交互に上がったり下がったりしながら、笑顔で話合っている。

「それは困ったね」

「アハハハ、困ったなぁ」

 身のない会話ではあるが、二人はとても楽しそうだ。




 場所は変わって学園の校舎の屋上。


「ねえ、望君。力を貸してくれない?」

 改造されピンク色の配色となっている女子の制服を着た丁子晶が、糸目の優男に声をかける。

「晶、急にどうしたんだい」

 笑っているからなのか、元からなのか、それはわからないが、糸目で目が開いてないように見える優男、未来望が朗らかに聞き返す。

「はい! そろそろ、天辰さんに挑もうと思って」

 それに晶が元気よく甲高い声で答える。

 その声に望は口元を緩める。

「それはいいことだね。天辰葵か。確かに彼女は強いね、ものすごく強い」

 そして、望は朗らかに、それでいて確信めいてそう言った。

 この学園に転入生が来ること自体がそもそものイレギュラーだ。

 しかも、今のところデュエルになれていないにもかかわらず負けなしの転校生だ。

 この常春の神宮寺学園に、今までとは何か違った風が吹いて来たことだけは確かだ。

 それに挑もうとしている晶を望は素直に評価している。

「はい! だから望君の神刀の力を借りたくて!」

 元気にそう言って晶は、じっと期待に満ちた目で望の顔を見る。

 望はそんな期待の眼差しを受けても、表情を変えることはない。

 自信がないようで確信的なものを持っている。

「うーん、どうだろうね。自分の神刀の力で天辰さんに届くかな?」

 少しとぼけるように望はそう言った。

 そして、自分に期待されても困る、そんな感じで晶を見る。


「はい! 届きますよ、望君! 初代絶対少女の兄にして、その身に天道白日を宿しているんですから!」

 晶は、丁子晶は元気に作り笑顔で、確信を持ってそう言った。

 この未来望に、すべての神刀の祖、天道白日が宿っていると。

 だが、そう言われた望は特に驚いた様子も見せない。

 今も朗らかに、相変わらず少し困ったような、はにかんでいる笑顔を浮かべているだけだ。

「どうだろうね。自分の中に天道白日が宿っているかどうかなんてわからないよ」

 未来望はその少し困ったような笑顔まま、その答えをはぐらかす。

「はい! でも、望君以外に宿ってる人、もういないじゃないですか」

 晶はそう言って笑う。

 その張り付いた笑顔で望の反応を見る。

「喜寅さんや、それこそ天辰さんだって、まだその身に宿っている神刀が明らかになってないじゃないか」

 望は自分に天道白日が宿っているのを否定するようにそう言った。


 恐らく長い間、巳之口綾に宿っていた神刀が謎だったが、それがこの間、明らかになったので晶は動くことにしたのだろう。

 それはきっかけに過ぎなかったが、丁子晶にはどうしても叶えたい夢がある。

 その為には絶対少女になるしかない。

 丁子晶が願いを叶えるには、それしか道がないのだから。

「はい! でも喜寅さんに天道白日は宿らないでしょう?」

 晶は笑顔で元気にそう答える。

 張り付いたその作り笑顔で。

「アハハ、それはそうかもね。でも、天辰さんは? 彼女なら宿りそうじゃないか」

「いいえ! 違いますよ。天辰さんに宿っているのは、彼女の神速に関わるような、そんな神刀ですよ。そうじゃないと変ですもん」

 晶の言っていることは確かにそうだ。

 デュエリストはある程度のレベルに達すると、自らのみに宿る神刀の力を自分でもある程度引き出せるようになる。

 丑久保修の驚異的な耐久力や、卯月夜子の運動神経や跳躍力などがそうだ。

 もしかしたら巳之口綾の涎もその一つの表れなのかも知れない。

 それを考えれば、天辰葵の神速は恐らく彼女に宿る神刀由来の物なのだろう。

「確かに。それも一理あるね。でも今回、自分は晶には力を貸さないよ」

 だが、望は晶の誘いを笑顔で断る。

「なんでです?」

 晶の顔から張り付いた笑みが消える。

 元気な作り物の笑顔の下には、冷酷な無表情の素顔が垣間見える。

「晶では自分の神刀を使っても天辰さんには勝てないからだよ。自分にはそれがわかっちゃうからね」

「……」

「良いのかい? 素の顔が出てるよ、晶」

 と、望がそう言うと、晶の顔に表情が偽の張り付いたような笑みの表情に戻る。

「まあ、良いですよ。今回はひらりちゃんでも頼りますので」

 晶は拗ねたようにそう言った。

「ごめんね。でも、自分の刀は誰も持たないほうが良いんだよ。こんなものはね」

 そう言って望は、未来望は悲しそうに笑った。

 確かに、未来望に宿っている神刀は全ての希望を奪う様な神刀なのは事実だ。

 強い力を持ってはいるが、それ故に手にした途端、絶望する、そんな神刀でもある。

 そんなものは誰であれ持つべきないと未来望は考えている。

「なんですか、それは」

 腑に落ちないながらも晶は諦めるしかない。

 仮にデュエルを挑んでも、目の前の未来望には決して勝てないのだから。

 それでも丁子晶にとって、願いを叶えるにはいつしか倒さなければならない相手でもある。




 荘厳な雰囲気の漂う重々しくも静寂でいて神々しい、そんな部屋に黒い皮張りの椅子に深々と腰かけている男がいる。

 その男の、戌亥道明に詰め寄るように、バニーガール姿の女、卯月夜子が喰ってかかる。

「ねえ、会長。知っているんですよねん?」

 珍しく笑みを浮かべていない。敵意丸出しの表情で夜子は道明に詰め寄る。

「何をだい。夜子君」

 それに対しても道明は余裕を持って返事をする。

「月下万象が力を増していた理由ですよん」

 目を細め、射殺すかのように睨みながら夜子は生徒会長の机の上にその魅惑的な腰を降ろす。

 道明はそっちの話かと、一安心し口を開く。

「ふむ。今はまだその時ではない。とだけ言っておこうか」

 月下万象が力を増している、その理由を道明には心当たりがる。

 だが、それをここで告げることはない。

 今はまだ早すぎる。

 それに、道明は机の上に座るな、という思いと、まあいいんじゃないか、と言う思いを半々にして道明も判断に悩む。

 天辰葵ではないが、確かに悪い物ではないと道明ですら思えてしまう、そんな物が自分の机の上に乗っている。

 そんな兄を巧観は少し軽蔑するかのように半目で兄を見つめるが、特に口を挟まない。


 いや、挟めない。


 巧観は夜子が発する気に呑まれ、この会話に入り込めずにいる。

 兄の後ろに立っているだけで精一杯だ。

 今の夜子からは鬼神か夜叉のような恐慌たる気が発せられている。

 それを受けて平然として居られる道明の方が異常だ。

「恭子の行方。実は会長は知っているんじゃないん?」

 直感的に道明の警戒が少しとけたことを感じ取った夜子はすぐに本題に入る。

 夜子が調べた限りでは恭子の行方を、この生徒会長は知っていてもおかしくはないはずだ。

「だとしたらどうする」

 挑発するように道明はわざとらしい笑顔を作って夜子を見る。

「許さないわよ」

 それに対して夜子は本気の殺意を向けてそう言った。

 いつものような魅惑的な雰囲気も言葉遣いもすべてが違う。

 すべてを凍てつかせるような、そんな雰囲気を夜子は発していた。

 巧観などはその気に当てられて、壁際迄自然と追いやられる。

「はは、怖いな。だが、恭子君がどうなっているか、ボクも知らないよ」

 その殺意に臆したわけではないが、道明も挑発するのをやめてそう言った。

 兄がそう発言したことに、巧観はホッと胸を撫でおろす。

 が、

「会長、あなた嘘を付いているわね」

 月子の表情が更に一変する。

 今、すぐにでもこの場で道明の首を跳ねるかのような、そんな殺意に満ちた表情で夜子は道明を見る。

 それに対して、道明は微笑を浮かべただけだ。

「どう思うと夜子君の自由さ。好きにすればいいさ。ああ、でもデュエルは受けないからね。君にはもう…… 勝っているからね」

 そう言って道明は夜子をはぐらかした。




「月子! なんで、どうして!」

 葵はそう言って、食堂のテーブルを叩いた。

 一瞬だけ、その衝撃で葵の昼食であるシラスのペペロンチーノの皿が宙に浮く。

「着ませんよ!」

 そんな葵を月子は軽蔑するように見てそう言った。

 そもそも月子自身は一言も約束はしていない。


「あのバァニィガァルが月子に合わせて仕立ててくれたんだよ! なんで着てくれないんだい!」

 嘆き悲しんでいる葵の目から一筋の涙がこぼれ落ちた。


 それは月の光に照らされた星屑のような煌めきを持つ涙だった。


 その涙はペペロンチーノの上に落ち、シラスに新しい塩味を付け加える。

「葵様、誰かに強要するのはしないんのではないんですか?」

 まさか泣かれるとは思っても見なかった月子が呆れるように言い返した。

「これは強要じゃないよ。ただのお願いだよ、月子。あと、できればあの時のように呼び捨てて欲しいよ」

 葵は開き直って、更に月子に要求を突き付けて来る。

 それに対して月子も反撃を開始する。

「なんなんですか、もう! あとあのバニーの衣装を当てつけのように部屋に飾るのをやめてもらっても良いですか? マネキンまで買ってしまって……」

 これ見よがしと言うわけではないが、夜子から約束通り送られたバニーガールの衣装は、今、寮の月子と葵の部屋にマネキンに着せられ飾られている。

 マネキンは葵が購買部に発注してまでわざわざ取り寄せたものだ。

 その陰で葵は金欠にまでなってしまっている。

 それに月子の言う様にバニーガールの衣装を着させたマネキンがあるだけで、寮の部屋が酷くいかがわしくなってしまっている。


「なっ、なんでそんな酷いことを! 一度でいいから! 月子のバァニィガァル姿を見せてよ! 私はそれを糧にこれから生きていくから!」

「そんなにバニーガールの姿が見たいなら、ご自分で着ればいいじゃないですか」

「着ようとしたんだけど、胸のあたりがどうしてもきつくて……」

 と、葵がそう言ったので月子は、

「絶対に着ません!!」

 と、そう断言した。

 月子が断言したからには月子はバニーガールの衣装を着ることはないだろう。

 彼女は気高いのだ。

「そ、そんな!」

 と、天辰葵は泣いた。

 また一つシラスのペペロンチーノに塩味が付けたされる。





━【次回議事録予告-Proceedings.37-】━━━━━━━



 天辰葵対策に動く丁子晶。

 月子のバニーガール姿が見られないと嘆く天辰葵。

 二人の運命が食堂でメイド服と共に交差するとも限らない。



━次回、騙される竜と幻惑する塩引く鼠.02━━━

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