【Proceedings.37】騙される竜と幻惑する塩引く鼠.02

 丁子晶は未来望と別れ、そして、考える。

 晶は感情的になるのは損だと知っている。

 望が自身に宿る神刀を使っても天辰葵に勝てない、と断言した以上はそうなのだろうと、素直に受け取り怒りを鎮める。

 望はそういう男だ。

 嫌がらせや、なにかでそう言ったことを言う男ではない。

 その事を晶は知っている。


 いつも確信めいたものをもって行動し、それに従って生きる男なのだ。

 望がそう言うなら、それは恐らく真実なのだ。

 逆に、それは望の神刀を使わなければ勝機が、まだあるという事でもある。

 そこで代わりのデュエルアソーシエイトとして、すぐに思い浮かぶのが酉水ひらりだ。

 金さえ払えば、誰のデュエルアソーシエイトにもなってくれる女だ。

 だが、その特性上、ひらりに金を払いすぎるのも危険だ。


 ある程度のレベルに達しているデュエリストは己に宿る神刀の力をある程度は引き出せるようになるのだから。


 その為、ひらりに金を渡しすぎるのもまた危険である。

 特に今回は既に巧観が散々ひらりに金をさんざん支払ってしまっている。

 財布の中身次第で際限なく強化されるというその特性は、本当に恐ろしい能力である。


 だが、他に適任のデュエルアソーシエイトはいない。

 戌亥道明は基本的に妹の巧観のデュエルアソーシエイトにしかならない。

 喜寅景清はその強さ上に、自分を負かした者のデュエルアソーシエイトにしかならない。


 だから晶は未来望を頼った。

 三強と呼ばれるデュエリスト。

 その中で望だけは、晶でもその神刀の力をかりることが出来る。


 けれども、それは望の匙加減だ。

 貸してくれる時はあっさり貸してくれるのだが、貸してくれないときは今回のように何を言っても駄目だ。


 ただ、これだけは言える。

 未来望がその神刀を貸してくれる時は必ず勝利することができる、という事だ。


 そこで晶は気づく。ここでやっと丁子晶は気づけた。

 未来望がその神刀を貸してくれたことなど、今までなかったはずだと。


 なぜそのように今まで思い込んでいたのか、それがわからない。


 わからなかったが丁子晶は考えるのをやめた。

 それは考えても意味がないことだ。

 どちらにせよ、今回は未来望は力を貸してはくれないのだから。

 だから、酉水ひらりの力をかりるしかないのだと。

 

 ならば、まずは資金調達だ。

 晶も手持ちは少ないくないが、あの天辰葵相手では少々心もとない。

 できる限り多額の資金を用意しないといけない。

 その方が結果的に、ひらりに行く金額も少なくて済むはずだ。


 泥沼試合をして何度も有名百銭を振るうより、一撃で相手を倒してしまった方が有名百銭に強制徴収される金額も少なくて済むのだから。

 だから晶はできる限り資金を調達するつもりでいる。




「巧観! 巧観も月子を説得してくれよ! 見たいだろ! 月子のバァニィガァル姿を!」

 葵に泣きつかれて巧観も月子のバニー姿を想像する。

 それはいいものだ。

 とてもいいものだ。

 だが、巧観はもう月子を追うことをやめたのだ。

「そ、それは確かに…… い、いや、ボクはもう……」

 巧観は迷いつつも、その想いを振り切る。

 巧観が月子を追うことはもうない。

「み、見たいわ…… とても見たいわ……」

 ふいに、何の気配もなく綾が、巳之口綾が現れて葵に同意する。

「流石綾だ!」

 と、葵が顔を輝かせてほほ笑んだ。


「はぁ、なんなんですか一体この人達は…… それにしても巧観も少し疲れていませんか?」

 それでも一応は自分を好いてくれているのだと月子は思い、怒るようなことはしない。

 それに、生徒会執行団の仕事から帰って来た巧観は少し疲れた顔をしている。

 月子としては、そちらのほうが気になる。

「え? ああ、うん。夜子さんが兄様に詰め寄っていてね。あの人があんな気迫で兄様に詰め寄るだなんて……」

 月子に心配され、一瞬だけ意外そうな表情を巧観は見せる。

 それはそれで嬉しかったので、巧観も月子に口を滑らす。

「夜子様が?」

「バァニィガァルが?」

 と、葵が会話に割り込むように反応するが、月子と巧観はそれを無視する。

「うん、恭子さんのことで…… ああ、つい言っちゃった、どうしよう」

 そして、巧観は素直にそこまで話してしまう。

 巧観としては申渡恭子のことまで月子に伝える気はなかった。やはり疲れているのかもしれない。


 ついその名を口にしてしまう。


 巧観としては兄も月子も両方裏切ることなどできない。

 そもそも疑惑をかけられただけで、道明が恭子のことを知っていると決まったわけではない。

 だから、月子にそのことを話すつもりはなかったのだ。

「姉のことで、ですか?」

 と、月子の表情が明らかに変わる。

 確かにあの思わせぶりな生徒会長なら何か知っていてもおかしくはない。

「別に口止めされてないから、まあ、言っても良い…… かな? 兄様なら恭子さんの行方のこと知っているかもしれないって、あと月下万象が凄い力が増しているとか…… そんなことで夜子さんが兄様に詰め寄っていてね」

 巧観は口を滑らせてしまったものはしかたないと知っていることを伝え、夜子のことを思い出す。

 普段は絶えず笑みを浮かべている人物だけに、あんな雰囲気で兄に詰め寄るのを見ると恐怖すら覚える。

「会長が姉の行き先を知っている……?」

 月子はそう言って考え込む。

「いや、兄様は知らないって言ってたけど、夜子さんはそれを嘘だと言っていて……」

「月子、会長とデュエルするかい?」

 そこで、再び葵が入り込んでくる。

 今すぐにでも戦って勝つよ、と、そう葵は月子に伝えている。

 が、

「兄様は基本的に誰の挑戦も受けないよ。兄様は機会を見て、自分からデュエルを申し込むんだ。そして、必ず勝つのが兄様だよ」

 巧観は誇らしげにそう言った。

「つまり自分が勝てると踏んだ時しか勝負しないと?」

 それを聞いた葵は巧観をからかうように言い返した。

 巧観は少しだけ顔をムッとさせるが、そのことは巧観にも思い当たる節はある。

「兄様に限ってそんなことは…… なくもないかも。最近の兄様はどうも慎重だし」

 葵の問いに巧観もそれを認めた。

 最近の道明は妹の巧観から見ても、慎重すぎるくらい慎重だ。


 そこへピンク色のメイド服を来たウエイトレスがやってくる。

「はい! 巧観ちゃん。ご注文の鴨南蛮ですよ!」

 元気よくそう言って、普段はセルフサービスのはずの料理を届けてくれる。

「あ、ありがとうございます…… って、晶さん!? あれ? バイトが入ったから席で待ってて言われたけど、晶さんのことだったんですか」

 その鴨南蛮を届けてくれた人物を巧観もよく知っている。

 巧観と同じ生徒会執行団のメンバーのうちの一人だ。

「はい! 少々入用なので!」

 そう元気に返事をして、晶は周囲に笑顔を振りまいた。

 それを見た葵が頷く。

「メイド姿…… ふむ! 月子! 一緒に私達もバイトを!」

「しませんよ」

 と、それを月子は即座に断った。

 断りつつも、どうせ暇なのでバイトしてもよかったかもと、そう少しだけ後悔を月子はする。




 丁子晶。

 生徒会執行団では学芸部長をしている。

 魚座で二月二十四日生まれのA型。


 計算高く計画的で色々と裏表のある、そんな人間だ。





━【次回議事録予告-Proceedings.38-】━━━━━━━



 メイドをしながら葵を嗅ぎまわる晶。

 メイド姿に翻弄される葵。

 メイド服姿の二人と共に運命が蠢動し始める。



━次回、騙される竜と幻惑する塩引く鼠.03━━━━━

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