【Proceedings.35】嫉妬に燃える竜と跳ね飛ぶ逆立ち兎.07

 考えなしに飛び込んでくる脳筋兎、卯月夜子が涎の池の合間を縫いってまさしく飛ぶように距離を詰める。

 だが、既に蛇頭蛇腹のあつかいを既に心得た天辰葵は、その鞭のような刀身を自由自在に操り卯月夜子を迎撃しようとする。


 しようとするが、天辰葵の蛇頭蛇腹を持つ手が鈍る。

 天辰葵には、あの素晴らしいバニーガールを攻撃することはできない。

 特に蛇頭蛇腹は女性の衣服のみを溶かす涎が絶えず滴っているという本当によくわからない性質を持っている。

 これの刀かどうか判断もつかない武器で攻撃すれば、バニーガールの、特に天辰葵にとっては眩しすぎる網タイツを破壊してしまうことになる。

 天辰葵にはそんなことはできない。

 趣味嗜好に生きる人間である天辰葵には、それができないのだ。


 卯月夜子を狙ったはずの蛇頭蛇腹は途中で急に何もない方向へと向きを変え、あえて隙を作る。

 そして、無防備になった天辰葵に卯月夜子が迫る。


 やはり卯月夜子は直前まで迫り、その後に空中に飛び、そこから天辰葵の首を狙う。


「跳躍飛翔跳び! 回転首ちょんぱ打首獄門斬!」

 そんな掛け声とともに必殺の首跳ね回転攻撃が天辰葵の首をギロチン台の刃のごとく襲う。

 ここで天辰葵ならば神速を用いてかわすことも可能だ。

 だが、天辰葵はそれをしない。

 ここで動けば蛇頭蛇腹は再び制御を失い無軌道に暴れまわってしまうからだ。

 そうなれば、周囲にいる卯月夜子が着ているバニースーツはもちろん、入り口にまで逃げてはいるが、申渡月子にまで被害が及ぶやもしれない。

 それを思うと天辰葵はかわすこともできない。


 ついでに巳之口綾が、蛇頭蛇腹の涎をかぶることに関しては躊躇はしない。

 自業自得とさえ思っている。


 だから、天辰葵は動かない。


 首元に迫る月下万象を目にとらえながら、目で追えながらも、それを甘んじて受け入れる。

 月下万象が天辰葵の首を通過する。

 これがデュエルではなければ、天辰葵の首は確実に跳ねられていただろう。

 例えそうなっても天辰葵は同じ行動をしただろう。天辰葵はそう言う女である。

 だが、これはデュエルだ。

 首を跳ねられたものと同様の痛みを感じるだけで済む。

 それは即死するほどの痛みだが。


 天辰葵はそれを、その凄まじい、本来なら即死するほどの痛みを、

「バァァァァァァニィィィィィッィガァァァァァァァァルゥゥゥゥゥゥゥッッッ!!!」

 の掛け声で耐えきって見せた。

 そして、見事耐えきった天辰葵は涼しい顔を卯月夜子に向ける。

「バァニィガァルの攻撃であれば、火もまた涼し」

 そう言い切った。

 天辰葵は悟りを開いたような涼しい顔をしてそう言ったのだ。


 耐えたのだ。

 天辰葵は即死するほどの痛みを、バニーガールからの攻撃だからと、耐えきって見せたのだ。

 これは理屈ではない。

 では、なにか。

 そう聞かれても答えられる者などいない。


「本当にどうしょうもない…… アホなんじゃないんですか、あの方は……」

 申渡月子がその光景を見てそう言った。

 申渡月子から見てもわかる。

 葵は、天辰葵は卯月夜子を、そして、月下万象を攻撃することを明らかに躊躇ったのだ。

 それは申渡月子にとって嬉しくもあり、愚かしくも思える行為だ。

 しかし、だからこそ動かされる物もある。


「そんな! 私の首跳ね攻撃を耐えるだなんて信じがたいわん!」

 卯月夜子も驚愕する。

 少なくとも気絶しておかしくない痛みのはずだ。本来は首が跳ねられているはずなのだから。

 

「こ、これはどういった攻防なんですか、せ、生徒会長!」

 既に毎度のことながらよくわからないことになっているので猫屋茜は困惑して生徒会長である戌亥道明に助けを求める。

「いや、攻防もなにも。もう好きにやってくれよ。実力がどうのとか、刀の力がどうのって話じゃないだろう? これの何を解説すればいいんだよ」

 戌亥道明は心底呆れながらそう言った。

 それと同時に首を斬られて、なお平然と立っていられる天辰葵に畏怖すら感じる。

 あれを、天辰葵という怪物を、痛みのみで止めることは不可能だとも判断する。

 あの様子なら心臓や頭に刀を突き刺したところで天辰葵なら耐えきって見せるだろうと推察できる。


「いや、まあ、そうなんですが…… なんなんですか、これは」

 猫屋茜もまったく理解が及ばない。

 理解できることがない。

 なら実況なども、できるわけもないのだ。

 ただそれでも常識を逸した戦いであることは事実なのだ。

 デュエルと言えど、首を跳ねられるような攻撃を喰らい、その後も平然と立つような人物はそう居ない。

 この間、半裸の女性下着を好んでつけるような変態が全身くまなく切り刻まれていた気はするが、そうはいないのだ。

「ボクが聞きたいよ。この試合はあれだよ、修。そう丑久保修にでも解説を頼めばどうにかなったんじゃないのか」

 戌亥道明は投げやりにそう言った。

 こういう訳の分からない事なら、丑久保修に任せてしまうのがいい。

 訳が分からないものは訳の分からない存在をぶつけるのがちょうど良いのだ。


「えぇ…… 半裸で女物の下着をつけている男性の方はちょっと……」

 だが、猫屋茜はそう言って嫌がった。

 まあ、無理もない話だ。

 戌亥道明の目から見ても最近の丑久保修の行動は色々とおかしい。

 牛来亮と付き合おうと行動し始めてから、ただでさえ、あるのか何のかわからなかったタガが完全に外れてしまったようだ。

 春の陽気も相成って手の付けようがない。

「まあ、好きにすればいいさ。で、これはどう収集をつけてくれるのかな」

「ゆ、行く末を見守るしかないですね」


「くっ、流石は月子ちゃんの選んだ女。一筋縄じゃいかないみたいねん」

 まさか一撃必殺の首跳ね攻撃をかわされるならまだしも、耐えられるとは思っていなかった卯月夜子も動揺を隠せない。

 そんな言葉を口から出してしまう。

 その言葉に天辰葵が反応しない訳がない。

「もう一度!」

 と、天辰葵は興奮し眼を血走らせてそう言った。

「ん?」

「今の言葉、月子が選んだ、というところをもう一度言ってください!」

 天辰葵はそう吠えて燃え始めた。

 否、実際に燃えているわけではない。

 だが、確かにこの時、卯月夜子は天辰葵の背後に燃え盛る炎をたしかに見たという。


「ああ、もう…… 葵様。お願いします。月下万象を折ってください」

 その様子を見ていた申渡月子がそう言った。

 このデュエルでは何も決まらない、そう、ついに悟ったのだ。

 なら、やはり申渡月子自身が選ぶしかない。

 そして、彼女が選んだのは天辰葵だ。

 ただそれだけのことだ。

 

 なぜ申渡月子が天辰葵を選んだのか。

 天辰葵が常軌を逸して強いから?

 そんなことで申渡月子は選びはしない。

 何も考えずに、天辰葵と卯月夜子、どちらかと姉を探さなければならないか、それを考えたとき、先に思い浮かんだ方の名を上げただけだ。

 ただそれだけだのことで他に理由があったわけではない。


「月子!」

 と、天辰葵が嬉しそうにその名を叫ぶ。

「月子ちゃん!?」

 と、卯月夜子が驚いてその名を叫ぶ。

 その両者の差は歴然だ。

 この時すでに決着はついていたのかもしれない。

 賭けの対象であった申渡月子自身が選んだのだから。


「それで終わりにしましょう。なんだかもう色々と疲れました……」

 申渡月子はこんなことなら、デュエルで決着をつけるだなんて言葉に乗るんじゃなかったと後悔した。

 当たり前だ。

 その発案者の卯月夜子自体が何も考えていないのだから。

 ならば、自分が多少なりとも負債を負って終わるほうが良い、月子はそう考えた。


「けど、そんなことをすれば月子に」

 それでも天辰葵は申渡月子を気遣う。

「そうよ、そんなことをしたら私負けちゃうじゃないん!」

 ついでに卯月夜子はそう言って申渡月子を非難した。


 それに対し申渡月子は一度、目を閉じて深呼吸をする。

 そして、決心したように、眼を開いて、

「天辰葵! いいから、月下万象を折りなさい!」

 と、強い口調で天辰葵に言い渡す。


「イエス! マイフェアレディ!!」

 天辰葵は申渡月子の言葉に即座に返事をして行動に移す。

 蛇頭蛇腹を引き寄せ振り回し、卯月夜子の持つ月下万象を狙う。

 自分に蛇頭蛇腹の涎がかかるのも、卯月夜子の着るバニーガールの衣装に涎がかかるのも、もう躊躇しない。

 それらは申渡月子の命の前には些細なことでしかない。

 

 ただ月下万象を折る。

 その命令を忠実にこなす為だけに天辰葵は行動する。


 精密射撃のように飛来する蛇頭蛇腹の攻撃を、卯月夜子はなんとか月下万象で受ける。

 だが、勢いのついた蛇頭蛇腹の一撃を反らすことで精いっぱいだ。

 振り回され勢いのついた蛇頭蛇腹は想像以上の威力を持つ。


 刀と刀がぶつかり派手に花火を散らす。


 まるで削り取るように蛇頭蛇腹を巧みに操り天辰葵は、蛇頭蛇腹を月下万象にぶつける。

 振り回され動き回る蛇頭蛇腹はすべてを削り喰らうチェンソーのような存在だ。

 それが鞭のようにうねり素早く変幻自在でありながら正確に打ち据えて来るのだ。

 如何に卯月夜子とて跳んでかわすこともできず月下万象を使って、それを防ぐことしかできない。

 いや、下手に飛べば空中で打たれることとなる。

 そうなれば踏ん張ることもできずに、一巻の終わりだ。


 元々の、申渡恭子に宿っていた時の月下万象なら、既に折られていたと卯月夜子は直感で感じながら、なんとかその熾烈な攻撃を凌ぐ。

 だが如何に月下万象の力が増していようとも、変幻自在でありながらうねり迫りくる蛇頭蛇腹をいつまでも防いでいられるわけはない。

 それに月下万象でなく肉体で今の蛇頭蛇腹を受けでもしたら、間違いなく全身がミンチになるのと同等の痛みを受けることとなる。

 そんな痛みを天辰葵のように卯月夜子は耐えれる自信はない。

 嫌でも卯月夜子は月下万象で蛇頭蛇腹の攻撃を受けなければならない。

 そして、天辰葵が本気で操る蛇頭蛇腹は飛んでかわせるほど甘くはない。

 結果として、月下万象で受け流す様に蛇頭蛇腹の攻撃を受けるしかない。

 だが、攻撃を受けるごとに月下万象が削られていくのが卯月夜子にもわかる。

 それでも卯月夜子にはどうすることもできない。

 圧倒的な天辰葵と蛇頭蛇腹の前に、卯月夜子ではやれることが既にない。

 

「なんだ、まじめにやればできるじゃないか。なるほどね。蛇頭蛇腹は本来そうやって使うものなのか。神速は相変わらず相性が悪く活かせはしないが、これはこれで厄介な刀だ」

 その戦い方を見て戌亥道明は感心する。

 高速で振るわれるこの状態になってしまえば、蛇頭蛇腹の刃と刃の間のワイヤーを狙う事も不可能に近い。

 逆に高速で動く刃に巻き込まれ、ワイヤーを断ち切ろうとした刀のほうが折られてしまう可能性の方が高い。

「本当に凄い、あんな刀でこうな風に戦えるだなんて」

 猫屋茜はあんな奇怪な剣を短時間で使いこなしてしまっている天辰葵に心底感心する。

 それと同時に、恐怖をも感じざる得ない。

 本気を出した天辰葵は容赦がない。

 まるで詰将棋を淡々と進めていくかのように卯月夜子を着実に追い込んでいく。


 それはまさに変幻自在。

 射程内を蛇頭蛇腹は自在に飛び交い確実に月下万象を打ち、削り、疲弊させていく。

 勢いを増した蛇頭蛇腹はまるで力の奔流のような存在だ。

 既にまともに触れられもしない。

 その奔流に巻き込まれたら神刀とて一溜りもない。

 それを天辰葵は一歩も動かずに腕だけで巧みに操作し、月下万象のみを打ち狙う。

 その様子に申渡月子も驚く。

 あのような馬鹿げた剣でこんな戦い方ができるだなんて思ってもみなかったことだ。

 息をするのも忘れて申渡月子は戦いぶりに魅入ってしまう。


 それでも卯月夜子は何とか耐え忍ぶ。

 卯月夜子の腕もそうだが、月下万象の力も凄まじく蛇頭蛇腹の猛攻を何とか防ぎきっている。

 蛇頭蛇腹の攻撃を防ぐごとに、月下万象が削れていくのを卯月夜子自身が感じざるえないが既にできることはない。

 反撃する隙も無くただただ防戦一方を押し付けられている。

 そして、それを防ぐのも限界が近いことも卯月夜子にはわかっている。

 自身の月下万象を握る握力も、月下万象自身ももう限界が近い。


 なんなら、天辰葵と卯月夜子の服の限界も近い。


「しかし、これ程までにあの猛攻を耐えるとはね。やはり今の月下万象は……」

 そう言って戌亥道明は眼を細めて円形闘技場の上の神刀、月下万象のみを見る。

 以前の月下万象とは違う輝きを讃えたその神刀を。

「生徒会長?」

 と、猫屋茜が不思議な顔をして戌亥道明を見るが、戌亥道明はそれに反応せず、月下万象だけを見続け観察する。


 蛇頭蛇腹での猛攻が続き、遂に限界を迎えた卯月夜子が月下万象を手放してしまう。

 握力の限界と言う奴だ。

 逆に、絶え間なく続くチェンソーのような攻撃をよくもここまで持ちこたえたと讃えるべきだ。

 だが、大きく弾かれ飛ばされた月下万象は空中で回転し、綺麗に円形闘技場に突き刺さる。


 そこへ、天辰葵は一切の手加減なしの一撃を叩き込む。

 それは蛇腹剣にも関わらず突きだった。

 その突きは円形闘技場の床で一度バウンドする。

 

「そんな! あれは! わたしの蛇活走々!?」

 巳之口綾が信じられない物を見るように目を開きその技を見る。


 バウンドした突きは月下万象に当たり軌道を少し変えつつも花火を散らし、甲高い騒音と共に月下万象を削り続ける。

 そこで天辰葵は蛇頭蛇腹を両手で持ち、そして、力任せに斬るように引く。

 そうすることで蛇頭蛇腹の軌道が反転し、天辰葵の手に集まるように収縮していく。

 その際にも蛇頭蛇腹は月下万象を削り、ついには削り切り、折るにまで至る。

 蛇頭蛇腹にすべての刃が集まった瞬間に天辰葵は蛇頭蛇腹を手放し駆ける。


 誰よりも早く駆ける。

 申渡月子の元へ。


 月下万象を折ったことで申渡月子がその場に崩れ落ちる、申渡月子が床に倒れ込むよりも、それよりも早く天辰葵は神速で駆け付け、申渡月子を優しく華麗に抱きかかえる。


 その様子を円形闘技場の床に倒れ込みながら卯月夜子は見て、やはり魅惑的に笑う。

「私の完敗だわん」

 と。

 そして、卯月夜子は限界とばかりに円形格闘場の床に大の字に身を投げ出した。




━【次回議事録予告-Proceedings.36-】━━━━━━━



 鼠が嗅ぎまわり動き出す。

 無数の鼠が駆け回り竜を騙す。

 また一つの運命が蠢動し始める。



━次回、騙される竜と幻惑する塩引く鼠.01━━━━━━

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