【Proceedings.34】嫉妬に燃える竜と跳ね飛ぶ逆立ち兎.06

 蛇頭蛇腹の圧倒的な理不尽な力を目の当たりにした天辰葵も卯月夜子はどちらも動けずにいた。

 下手に動けば衣服を溶かすという訳の分からない涎の餌食になってしまう。

 動けるわけがない。


 下手に動けばデュエルどころかストリップショーになってしまう。

 しかも、大勢が居る観客の前でだ。

 二人が動けないのも仕方がないことだ。


 まさに膠着状態となった。


 しかし、天辰葵が神刀の一振りである蛇頭蛇腹を扱っているのだ。

 すぐにその特性を理解し始める。

 敵である卯月夜子の戦闘方法も一度見ることが出来た。


 天辰葵にはそれで十分だ。

 彼女は、彼女こそが、完全無欠なのだから。


 天辰葵は軽く蛇頭蛇腹を振るう。

 それにより天辰葵の周囲に涎の池があちらこちらに出来ていく。


 この唾液の溶解能力は凄まじい。

 少しの飛沫でさえ巳之口綾の服をボロボロの穴あき状態にしてしまっている。

 溶かす対象が女性の衣服と限定されてはいるが、その分、溶解能力は間違いなく高い。

 ハイヒールであってもこの池の上を歩くことは容易ではなく、ヒールが簡単に溶かされ折れてしまう事だろう。

 そうなればどうなるか。


 動きやすくなる。


 普通ならそう考えるだろう。

 ハイヒールなどを戦いに履いて来る方がおかしいと。

 だが、卯月夜子は違う。

 お気に入りの衣装に身を包むことでテンションを上げ、戦いに挑んでいるのだ。

 そのおかげで彼女は実力以上の力を発揮するのだ。

 なので、卯月夜子は衣装が溶かされることを異様に恐れる。


 つまり、この涎の池地獄に無暗に突っ込んで来ることなど卯月夜子にはできないはずだ。

 その上で蛇頭蛇腹は遠距離まで延びて敵を攻撃することが出来る。


 問題はこれがデュエルと言うことだ。

 デュエルの勝敗は、呼び出された神刀の破壊だ。

 それで、それのみで決着が着く。

 一度始まってしまえば投了もサレンダーもない。もちろん制限時間などもない。

 天辰葵が蛇頭蛇腹で攻撃するとき、それは卯月夜子の攻撃チャンスでもあるのだ。

 

 何より、始まってしまったからには、天辰葵が勝つには月下万象を折るしかない。

 天辰葵にはまずそれができない。

 申渡月子を気絶させることなど、天辰葵にできるわけがない。

 今のままでは天辰葵に勝ち筋はない。


 それでも、涎の池地獄を作ることで時間を稼ぐことが出来たのは事実だ。

 天辰葵に時間を作らせてしまったことを、それが大失態だという事を、まだ知る者はいない。


 天辰葵は何度か蛇頭蛇腹を振るい、その特性を完全に理解する。

 どのように振れば、どのように飛び、どう涎をまき散らすのか。

 既に天辰葵は学び終え、熟知しているのだ。

「大体わかった。中々癖のある刀だけど、慣れればそれほど弱くもない」

 天辰葵は蛇頭蛇腹を振るい意のままに操りながらそう言った。


「凄いな。この短時間であの剣を既にものにしている」

 戌亥道明はそれを見て実感する。

 恐ろしい学習能力であると。

 恐らく天辰葵に同じ技は二度と通用しない。

 どんな技であれ、天辰葵が一度見たものは学習され、見切られてしまう。

 そういう意味では、ずっと力業で対抗し続けた丑久保修の戦い方は、天辰葵相手において間違いではない。

 あのまま、丑久保修が愛に自分を見失わなければ、どうなっていたかわからないデュエルだった。

「え? あの鞭みたいな剣を既に使いこなせているんですか? た、確かに剣を振るっているのに、葵さんにはまったく涎がかかっていないですね! こ、これは凄い!」

 猫屋茜も当たらめて天辰葵を見て感心せざるえなかった。


 それでも、卯月夜子は蛇頭蛇腹を自由自在に扱うようになった天辰葵を見て挑発的で魅惑的な笑みを浮かべる。

「ふーん、これでやっと対等に渡り合えるって感じよねん」

 そう言って卯月夜子は魅惑的に微笑で余裕でもあるかのように見せる。

 強がっているわけではない。

 実際に余裕があるわけでもない。

 なにか考えているだけでもない。

 ただ、単純にそう思ったから、考えないしその言葉を口にしただけだ。

 それでも、周りには何か策があるように思えてしまう。

 そんな魅力を卯月夜子は持っている。

 

「対等? それは違うよ。バァニィガァル。一方的だよ」

 そう言って、天辰葵も儚げな笑顔を見せる。

「へぇ、それは楽しみだわん」

 それに対し、卯月夜子も魅惑的な含み笑いを見せる。


「なにせ、そのバァニィスゥツゥを破損させることなど私にはできないからね。そんな素敵なものを壊すなんてとんでもない! 特にあんなに素晴らしい網タイツを破るだなんてことは私には無理だ!」

 そう言って、天辰葵は嘆いた。

 流せるものなら血涙を流していたことだろう。

 天辰葵には網タイツを破るなどと言うことはできるわけがないのだ。

 あれは網目一つ一つが脚という雪景色を見るための大切な車窓なのだ。

「あら、葵ちゃんあなた…… わかっているわねん」

 天辰葵のその言葉に卯月夜子も賛同せざる得ない。

 このバニーガール衣装の完成された美を理解してくれる同士として。


「それに月下万象を折れば、月子にその衝撃が行く。私にはそんなことできないね」

 更に天辰葵は最大の弱点である、月下万象を折ることが出来ないことも宣言する。

 一番の問題はこれだ。

 月下万象を折らなければ勝てない状況で、天辰葵にはそれがどうしてもできない。

「葵、あなた…… わかっているじゃないの…… 少し見直したわ」

 そう言っている巳之口綾は、嫉妬と怒りに任せて月下万象を持つ天辰葵に襲いかかったことは既に忘却の彼方だ。

 彼女は都合の悪いことはすべて忘れることにしている。

 そうしないと自我を保てないほど孤独なのだ。それは仕方のないことだ。


「ということは、やっぱり私の勝ちは揺るがないわん!」

 そう言うや否や、卯月夜子は涎の池地獄に突撃した。

 確かに、卯月夜子は自らの衣装を溶かされることを極端に嫌う。


 だがらなんだ。

 

 そんなことを卯月夜子が考えるわけがない。

 彼女はどこまでも考えなしなのだ。

 その身体能力一つと気合のみでデュエルを荒らして来たある種の化け物なのだ。


 卯月夜子はその凄まじい身体能力に、運動神経に、戦闘センスに身を任せ、考えなしに涎の池を避けて飛び込んでくる。




━【次回議事録予告-Proceedings.35-】━━━━━━━



 狂暴な脳筋首狩り兎が考えなしに飛び跳ねる。

 毒蛇の牙を持つ竜はその兎の牙を甘んじて受け入れる。

 その時、申渡月子の気持ちが動き運命は激しく蠢動し、その役割をまた一つ終える。



━次回、嫉妬に燃える竜と跳ね飛ぶ逆立ち兎.07━━━

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