【Proceedings.02】天舞う完全無欠の竜と地を這う暴れ馬.02

「おい、大丈夫か?」

 顔もよくスタイルもいい、そして、高身長のスラリとした男が走り寄り、天辰葵と申渡月子に声を掛ける。

 その様子を見ていた他の女生徒が黄色い歓声を上げる。

 それほどの男が走り寄って来た。

「はい、何も問題はありません。月子は?」

 だが、葵はその男には目もくれず、月子を見つめたまま答えた。

「え? ええ、わたくしも平気です」

 あまりにもじっくりと見つめられ、少し照れながら月子はそう答えた。

「それは良かった」

 そう言って、葵は再びその美しく、まるで春の陽気そのもののように笑って見せた。

 そのやり取りを見ていた男が、再び声を掛ける。


「とりあえず詫びなければならない。すまない」

 そう言って、男は葵と月子に向かい深々と頭を下げた。

「なぜ?」

 と、葵は初めて男に視線だけを送り、頭を下げている理由を聞く。

「この馬はうちの団で管理してた馬なので」

 男は顔を上げ、なにがかは分からないが自信ありげにそう答え、しっかりと馬の手綱を握る。

「団?」

 と、葵はそう聞き返す。

「ああ、キミが噂の新入生か。なるほどね。この学園では部活などの代わりに『団』と呼ばれる組織が作られるんだよ、生徒会などもこの学園では生徒会執行団という名称になるのさ」

 男が悠々とした自信に満ちた表情で、にこやかに答える。

 そして、元暴れ馬を撫でてやる。

「なるほど。教えていただきありがとうございます」

 葵はそう言って軽くではあるが優雅に、その男にお辞儀をする。


「で、君の名は? いや、まずは僕が名乗るのが礼儀か。僕は寅の威を借る寅の団の副団長兼生徒会執行団の書記が一人、午来亮というものだ。以後お見知りおきを」

 男は、亮はそう言って、やはり優雅に、礼儀正しくお辞儀をした。

 だが、葵はその様子を既に見てはいない。

 葵の瞳には月子だけが映っている。

「私は天辰葵です。月子」

 そう、葵は月子をじっと見ながら、手を強く握り、更に自分に抱き寄せながらそう言った。

「え? ええ、牛来様もありがとうございます?」

 ただ、月子は戸惑っている。

 その証拠になぜか亮にまでお礼を述べている。

 戸惑いの原因は言うまでもない。

 なぜこの天辰葵という美しい人物が自分をこんなにも、熱くまっすぐに見て来るからだ。


「お詫びを兼ねて食事にでも誘いたいのだが?」

 その様子を見ながら苦笑した亮は、葵にそう提案する。

 葵は完璧なほど美しい少女だ。

 亮が食事誘いたくも無理もない話だ。

 だが、亮が、牛来亮が、寅の威を借る寅の団の副団長にして、生徒会執行団書記の一人である牛来亮が天辰葵を誘ったのは、それだけが理由ではない。

「いえ、これから転入手続きをしなければなりませんので。では行こうか、月子」

 しかしながら、葵はその誘いをきっぱりと断る。

 そして、半ば強引に、まるで決まっていたことのように、月子の手を引き歩き始める。

「え?」

 月子は訳も割らずに葵に手を引かれたままついていく。

「案内してくれますよね? 月子」

 月子が戸惑っているので、葵は月子を再び抱き寄せてそう言った。

「は、はい? えっと、こちらです?」

 恐らくは学園長室に案内すればいいんだろうと、月子は話の流れから判断し、そうすることにした。

 暴れ馬から救ってもらった手前、断ることもできない。

「では」

 葵は、自分を見る亮にそう挨拶だけを残し華麗にその場を後にした。




「良かったのですか?」

 転入の手続きを終え、学園長室から出て来た葵に向かい、それを律儀に待っていた月子は言った。

「何がです? 月子」

 最初っから名前呼びされていることに、引っかかりはするものの、恩人である葵に月子はそう強く出れない。

「牛来様です。この学園でもなかなかの実力者ですよ。そのお誘いを断るとなると」

 そう言って月子はその美しく優雅な表情を曇らせる。

 少なからず嫉妬の眼差しを園内の至る所から、既に葵に向けられているのを月子は感じ取っている。

「かまわないさ。それに転入手続きを終えなければならないことも嘘ではなかったので」

「それにしても、この学園に転入生など珍しいですね」

 なにか考え込むように月子はそう言った。

 それ以上に暴れ馬が現れることも珍しいのだが。

「そうなのですか?」

 転入など天辰葵からしたら、そう珍しいことではない。

「ええ、どうやって天辰様はこの学園に?」

 月子がそう聞くが、葵からはその答えが返ってくることはない。


「葵、葵と呼び捨ててください」

 懇願するように葵は月子に跪いてそう言った。

「え、いえ、その、助けられてなんですがわたくしたちは、その、そこまで深い仲というわけでは…… え? 呼び捨てて?」

 困惑を隠せない月子は、若干ではあるが、様々な周囲の視線がある中で、気に留めるでもなく跪いている葵に引きながらも更に困惑せざる得ない。

 ただでさえ二人共々何もしなくとも周りの気を引く様な美しい容姿をしている。

 それだけに今も人目もかなり引いている、いや、もはや注目の的である。


 牛来亮の件もあり本当に注目を浴びている中で、葵は月子に跪いているのだ。

 それでも葵は特に気にする様子は一切ない。

 人目など葵の前では意味をなさないのだろう。


 ヒソヒソといろんな憶測が至る所から聞こえてくるようだ。

 少なくとも月子にはそう感じた。

 学園内のあちらこちらから視線を受けてるのを月子も感じている。

 だが、葵はそんなことお構いなしとばかりに続ける。

「なら、そうなるために。呼んでくださいませんか? 私はあなたと仲良くなりたいのです」

 葵は跪いた状態から顔を月子に寄せてにこやかに、爽やかに笑い、とても良い笑顔でそう言った。

「そ、その気持ちは…… 嬉しいのですが……」

 だが、月子には葵の熱い視線に邪な何かを感じずにはいられなかった。

 月子がこの場をどう切り抜けようか、そう悩んでいるとそこへ、この場だけの救世主が現れる。


「おっと、転入手続きは終わったのかな? それとも、お邪魔だったかな?」

 牛来亮だ。

 葵と月子のやり取りを少しだけ伺っていた亮が会話に割って入ってきた。

 葵はあからさまに嫌な顔をし、月子は安堵の息を吐き出した。

「どっちもですよ。牛来さん」

 葵はそう言って跪くのやめ、月子を庇うように亮に向かい立ちはだかる。

「なるほど。つまりキミはそう言う趣味の人という訳か」

 亮はからかうつもりで、本気ではなく、軽口のつもりでそう言ったのだが、


「はい。私は女が好きです。若い女が好きです。特に女の下半身が大好きです。足が好きです。くるぶしが、脛が、太ももが、尻が股が! なにより足先が! そのすべてが大好きです。あとそれらの匂いも好きですが? なにか問題でもあるんですか?」

 と、早口で言い返され、逆に牛来亮があっけに取られる。

 これが天辰葵の抱える闇である。

 同性の、しかも下半身に並々ならぬ衝動を持っている。


「あ…… あぁ、いや、わ、わかった。わかった上で食事に誘うよ。申渡さんもね。キミにも関係のある話だ」

 亮は激しく動揺しながら、そう言った。

 牛来亮は、生徒会執行団としての仕事がある。

 天辰葵の評価が彼の中で、絶世の美少女から、ちょっと変わった美少女となったが、それで引くわけにもいかない。

「わたくしにも、ですか?」

 月子はそう言って目を細めた。

 珍しい転校生、そして、自分と牛来亮という男。月子にはその関係性に思いあたりがある。

「ああ、そうさ」

 と、亮は嘲わらうような笑顔で月子を見下しながらそう言った。




━【次回議事録予告-Proceedings.03-】━━━━━━━



 衝撃的な告白をした天辰葵。

 意味ありげに意味なく笑う牛来亮。

 その二人と食事をすることになった美しくはあるが割と普通の人、申渡月子。

 この三人がどこへ向かう運命なのか。はたまたどこへも向かわないのか。



━次回、天舞う完全無欠の竜と地を這う暴れ馬.03━━

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る