【Proceedings.03】天舞う完全無欠の竜と地を這う暴れ馬.03

 そこは学び舎の食堂、というにはとにかく豪華であった。

 広く大きな一枚板のテーブルに白く繊細な刺繍が施された綺麗なレースの施されたテーブルクロスがかけられている。

 テーブルの上には規則正しく磨かれ、まるで鏡のような銀の燭台が置かれ蝋燭に火がともされている。

 だが、それが光源ではない。それらはただの飾りだ。

 その証拠に天井には豪華なシャンデリアがテーブルごとに設置されている。

 そこから煌々と明るい蛍光灯やLEDではなく今時珍しい白熱電球の暖かい光が降り注いでいる。


 椅子も重厚な作りで、常人であればその椅子を引くだけでも、それなりの力を込めなければならないほどだ。

 椅子の方にも綺麗なレースの布がかけられている。

 それらの家具のセットがいくつも広い食堂に揃えられている。


 葵はそのただ引くのも重そうな椅子をこともなさげに引き、そして、自分の隣の席の椅子も引き、そこへ月子を誘導する。

 が、月子は葵が自分のために引いた席の隣の席の椅子を自ら引き、そこに座る。

 仕方がないので、葵は月子の隣の席、本来は葵が月子のために椅子を引き出した席へと着いた。

 その際、月子が若干ではあるが、葵から距離を取るように座り直した。

 二人のその正面の席に、牛来亮が優雅に腰かける。

 そして、口を開く。


「この食堂はセルフだ」


 三人とも席を立ち、注文できるレジへと向かう。


 月子は飲み物、カフェラテだけを頼み、葵は特製プリンを注文し、牛来亮はクラブハウスサンドを頼んだ。

「この場は、この牛来亮が支払おう」

 亮がそう自信満々に宣言をする。


 それに対し、葵がパチンを指を鳴らす。

「なら、ナポリタンも頼もう」

 そう言って、葵は亮の返事も待たずに立ち上がり、レジへと向かった。


「ま、まあ、良いだろう」

 葵からレシートを受け取りその分の金額をしっかりと亮は支払った。

 だが、葵から亮に感謝の言葉はない。

 むしろ眼中にないとばかりに、月子へと話しかける。

「月子は飲み物だけでいいのかい?」

「え? ええ、物凄く中途半端な時間ですし……」

 そう答えた月子は時計を見る。

 午前十時。そのまま昼食を食べてしまっても問題ない時間ではあるが、なんとなく危険を察知し、月子はそれは避けた。

 月子には葵の前で隙を見せるのは、なんだか危険な気がしてならない。

 葵から送られてくる熱い視線に、葵の言葉を聞いた後では、月子は身の危険を感じずにはいられない。


 そんなことはお構いなしに葵がナポリタンを持って月子の隣の席に着く。

「で、やっとこちらの要件を伝えられるというわけだ」

 亮が髪をかきあげながらそう言った。


「そのまえに。確認しておかないことがある」

 葵は月子と亮のある一点を交互に見て、目を細めてそう言った。

「なんだい?」

 と、亮は意味ありげにだが、本当に意味もなく微笑みそう聞き返す。

「二人は付き合っているのか?」

 葵は二人が左手の薬指に着けているお揃いの指輪を見てそう言った。

「え? そんなことないですが?」

 月子はそんな勘違いさせるような様子があったかしら、と思い返すが思い当たる節はない。

 少なくともそういう関係だと勘違いさせるようなやり取りは何もなかったはずだ。

「なぜ、そう思うんだい?」

 亮も月子と同じ意見のようだ。

 なぜ恋人と思われたのか、わからないと言った様相を、無意味に自信ありげにしている。

「二人とも同じ指輪をつけていたのでね、左手の薬指に」

 とりあえず二人の反応からそう言った関係ではないことを知れた葵は安心して、そう思うに至った理由を述べる。

 そう言われた月子も亮も自分のしている指輪を見て納得する。

「ああ、このことか。なるほど。流石だね。フフ、まさに今こうやっている理由はそれだよ、天辰葵さん」

 どこから来るのかわからないが、自信が酷くあるように亮はそう言って笑う。

 そして、亮は小さな、こぶし大のリングケースをテーブルの上を滑らすように投げて送り出した。

 それはちょうど天辰葵のナポリタンの皿の前で止まる。


 葵がそれを取り、ふたを開けると、申渡月子と牛来亮、二人と同じリングが入っていた。

「キミへの贈り物だ」

 と、亮は不敵に笑ってそう言った。

 それを聞いた葵は、

「三人でそう言う関係にというお誘いなら、断らせてもらうが?」

 と、その美しい顔を歪め怪訝な表情を見せる。

「いえ、これは、そういう物ではありません」

 と、月子がすぐに訂正する。

 そして、葵にそのリングが送られてしまったことに戦々恐々とする。


「これはデュエルリング。決闘者の指輪さ」

 亮がニヤリと笑ってそう言った。

 そう、意味も、本当になんの意味もないのに、意味ありげに笑って牛来亮はそう言ったのだ。

「デュエルリング?」

 と、葵が聞き返す。

「そう、デュエルリング!」

 と、亮が意味もなく声高らかに答える。

「デュエルリングなのか!?」

 さらに葵が、その存在に高揚したかのようにそう聞き返す。

「知っているのか? デュエルリングを?」

 亮が驚きながら、そう聞き返すが、

「いや、知らない。教えてくれると助かる」

 と、葵は急に冷静になったように答えた。

 亮は少しの間、何か釈然としないものを感じつつも、やはり意味もなくニヤリと笑う。

「案外のりが良いのだな、天辰葵。この学園にはこのリングを持つ者が十二名いる。僕も、そこの申渡月子も、そして、これからはキミもだ」

 そして、デュエルリングのことを葵に伝え始める。

「今ここにその四分の一が揃っているという訳か」

 葵はそのデュエルリングという指輪を手に取り、そのリングを見つめながらそう答えた。

 少し変わったデザインの太めのシルバーリングに見える。

 宝石の類はついていない。

 が、そのリングの内側に既に「AMATATU AOI」と、葵の名が既に彫られている。

「そうだ。で、ここからが重要だ」

 そう言って亮は、牛来亮は笑みを消す。

「うん?」

 亮の雰囲気が変わったことに、少なからず葵が反応する。


「この指輪を持つ全員と決闘し勝つことで、その者は絶対少女となることが出来るのだ」

「絶対少女? 牛来といったか、おまえは男だよな?」

 葵は怪訝そうな顔して、念のために確認する。

 牛来亮という男は、華奢ではあるが男で間違いはない。

 それに、

「そうとも」

 と、亮は自信ありげに答える。


「なのに絶対少女とやらになると言うのか?」

 正気を疑う眼で、いや、もはや軽蔑する眼で葵は亮を見る。


「ハッ、絶対少女になることが女だけの特権だとは思うなよ?」


 その白い視線に、牛来亮は全くひるまず自信ありげにそう言った。

 相変わらずその自信はどこから来るのかはわからないが。

 だが、その言葉に葵は少し考えこむ。

 そして、首を左右に振る。

「つまり牛来さんは、性転換したいと?」

 と、顔を引きつらせながら、葵はそう問いただした。


「いや、そう捕らえられてもおかしくない発言だったが、そういうわけではない。絶対少女というのは、まあ、称号のような物と思ってくれ」

 亮は全く動じずにそう答えた。

 顔を赤らめたり恥たりもしない。彼の行動はいつだって自らの自信に満ち溢れている。

 葵はそう言うことかと一応は納得する。

「ふーん」

 そうして、亮には関心がなくなり、葵はデュエルリングとやらを観察する。


「あっ、まさか、牛来様、あなた!」

 そこで月子が何かに気づいたように、そう言って亮を睨む。

「黙っていたまえ、申渡月子。出来損ないの妹よ」

「え? 兄弟なの?」

 その言葉に葵がすぐさま反応するが、二人はどう見ても似ていない。

「違います。わたくしにはよくできた、有名な姉がいただけです」

 月子は険しい顔をしてそう言った。

「いた…… ね」

 葵はどうもきな臭い話だ、と思いつつも、興味はないがそのリングを手放したりはしない。

 なにせ、月子と同じ指輪で左手の薬指に付けるのだ。

 それを考えると葵の気持ちは自然と高まってくる。

 ただ葵にとってその他の十個の指輪とそれを付ける十人は邪魔ではあるが。

「まあ、話を戻そう。デュエルリングを持つ者同士で決闘するメリットだが、勝者は敗者に対して一つ、絶対的な命令を下すことが出来る」

「なっ…… にぃ!?」

 その言葉に葵が酷く反応し、リングを強く握りしめ月子をまじまじと見る。

 葵からの視線を受けて月子が非常に嫌な顔を隠しもせずにする。

 月子が戦々恐々とした理由はまさにそれだ。

 その命令は一つだけだが絶対服従しなければならない。一度下された命令を覆すには再び決闘をして勝たなければならない。


「そして、全てのデュエリストに勝った者は『絶対少女』となり、如何なる願いも叶う、と言われている」

 亮がそう言って、天を仰ぐ。意味もなく天を仰ぐ。

「それを信じろと?」

 如何なる願いも叶う。

 あまりに荒唐無稽な話だ。それをそのまま信じる者などいない。

 だが、少なくとも葵の目の前にいる二人は、信じているのだろう。

 だからこそ、敗者は勝者の命令を聞かなければならない、というリスクを負ってでもリングを身に着けているのだろう。

 ただし葵からしたらそれだけで十分だ。

 月子という少女に命令を下せるのであれば、それだけで十分すぎるほどだ。

 なんなら即座に連戦しても良い、と葵は考えている。

 月子に命令したいことなど葵からすれば、それこそ無限に湧いて出てくる。

 何ならすでに鼻息が荒くなっている。

 もちろんそんな葵に月子は引きに引いている。


「そのあたりはお好きに。ただ勝者が敗者に命令を下せる、というのは、この学園では本当だよ。なあ、先代絶対少女、申渡恭子の妹よ」

 そう言われた月子はただただ悔しそうな顔を見せるだけだ。




━【次回議事録予告-Proceedings.04-】━━━━━━━



 勝者は敗者に命令を下せると聞いて月子を見る天辰葵。

 不敵に笑みを浮かべ、にやけ笑う牛来亮。

 亮の物言いと葵の視線に非常に不愉快な表情を浮かべる申渡月子。

 三人の思惑をのせて、運命が蠢動する!



━次回、天舞う完全無欠の竜と地を這う暴れ馬.04━━

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