絶対少女議事録 ~蟹座の私には、フェチニズムな運命を感じられずにはいられない~

只野誠

天舞う完全無欠の竜と地を這う暴れ馬

【Proceedings.01】天舞う完全無欠の竜と地を這う暴れ馬.01

 ここは永遠の学園の園、神宮寺学園。

 絶対にして完全なる学園。

 桜舞う常春の学園。

 その学び舎から、姿はどこにも見えないのだが、どこからともなく少女達の噂話が聞こえてくる。


「ねえ、ミエコ、シャベルコ、知ってる? この永遠の学園の園に転校生がやってくるんですって」

「キクコちゃん、それどこからの情報ですか? 本当ですか?」

「ええ、確かな情報筋から聞きましたわよ、シャベルコ」

「それっておかしなことじゃない?」

「おかしなことよね?」

「そうですよね」

「どうしたんですか、ミエコちゃん」

「いえ、シェベルコさんが持ってるのシャベルよね?」

「ええ、だからシャベルコって言うあだ名なんですよ」

「それ、初耳よ、シャベルコ」

「あら、そうだったかしら? 言っていませんでしたっけ?」

「まさかとは思うけどキクコさんは菊を持ってたりします?」

「私のはただの本名ですわ」

「そうですか……」




 天辰葵。

 噂の転校生。

 少女。

 蟹座で誕生日は七月七日。ついでにA型である。


 本日、この佳き日に、神宮寺学園に転校してくる転校生でもある。

 この神宮寺学園では転校生は非常に珍しい存在だ。

 そして、何より彼女は完璧な少女だ。

 美しく、気品あふれ、華奢で、日本人形のような、そんな儚くも美しい少女だ。

 長くまっすぐで美しい黒髪はまるで水のようにしなやかで、今も桜の花びらが舞う春風になびいている。

 その白い肌はどこまでも白く透明に思えるほど滑らかであり、春の日差しを反射して眩しいほどだ。

 その瞳は深淵のように深く暗い、それでいて相反するように希望にも満ち溢れ、深淵の底でも輝きを決して失わない。

 そんな瞳は正面を、ただ正面を見据えている。

 そして、何より意志の強そうな眉が彼女の性格を表している。

 

 外見だけを見るのであれば、天辰葵はそんな完全無欠な美少女である。


 その中身、心の奥底に抱える闇は、彼女の外見からは想像できないほど深い。

 ただ天辰葵はその闇を特に隠しているわけでもないのが、天辰葵が天辰葵たる所以である。

 その闇を垣間見た者は口をそろえて、知りたくはなかった、と、そう言うだろう。

 天辰葵はそういう少女である。


 天辰葵が転校した初日、神宮寺学園では珍しい転校生と言うことで、天辰葵は注目を集めていた。

 その美しい容姿は注目をさらに集めることとなる。

 好奇の眼差しが彼女に降り注がられるが、天辰葵は気にしない。気にも留めない。

 彼女にとってそれは本当にどうでもいいことだ。


 そう、例え、季節外れ、いや、時代錯誤の暴れ馬が出たとして、彼女にとって気に留めるようなことですらない。

 彼女は、天辰葵は、完全無欠な少女であるのだから。


 だが、周りの人間はそうも言ってられない。

 暴れ馬に巻き込まれでもしたらただでは済まない。

 その強靭な脚力から繰り出される蹴りでも受けようものなら、命を落としかねない話だ。

 暴れ馬が一人の少女に向かう。

 けれど、暴れ馬が向かう先の少女とは天辰葵ではない。

 天辰葵は完全無欠なのだから暴れ馬に襲われることなどない。

 だが、暴れ馬に襲われそうになっている少女もまた、美しく可憐で、なによりも気高い少女であった。

 

 だから、天辰葵は動いた。


 まったく無駄な動きがない、完全に最適化された動きで誰よりも早く、素早く、それでいて優雅に、暴れ馬と可憐で気高い少女の間に割って入る。

 我を見失い直走ってくる馬の前に天辰葵は悠然と立ちはだかる。


「暴れ馬が出たぞー!」

 もう遅いかもしれないが、誰かが悲鳴じみた警告の声をあげる。

 それと同時ぐらいに周りから悲鳴が上がる。

 二人の少女が今にも暴れ馬に引かれる寸前だったからだ。


 暴れ馬が目前に迫り、やっと天辰葵は無駄のない華麗な動作で手を前に出した。

 たわいもないその動作ですら、様になっていて人の目を惹きつける美しさを持っていた。

 そして、その手はそのまま暴れ狂う馬の頭を掴む。

 暴れ馬は首を大きく振っていたため、ちょうど良いタイミングで天辰葵の、さほど高くない身長でもその頭に手が届き掴むことが出来たからだ。

 天辰葵の動作はそれをまるで分っていたように、無駄のない動作とタイミングで暴れ馬の頭部を掴んだのだ。


 だが、それでどうにかなる。そう思っている者は誰もいない。

 そのまま、転校生は、天辰葵は、暴れ馬に引かれ跳ねられると、そう考えていた。

 華奢な少女が馬の頭を掴んだところで何ができると。

 そして、次の瞬間には少女二人が馬に跳ねられると、その場に居た者は皆、そう予想していた。


 そうはならなかった。

 天辰葵に頭を掴まれた暴れ馬は、それ以上前に進むことが出来なかった。

 まるで見えない不可視の壁でも阻まれるかのように、暴れ馬は前に進むことが出来なくなっていた。

 天辰葵が馬の頭を押さえつけ、それで、ただそれだけで、その暴れ馬は身動きが一切取れなくなっていた。

 そのまま、天辰葵は力を籠める様子もなく、手を優雅に下げる。

 それに伴い暴れ馬の頭も必然的に下げられる。

 そこに暴れ馬の意志が関与する隙間はない。

 馬が大人しくいうこと聞く? そんな様子はまるでない。

 暴れ馬は未だに暴れ馬であり、正気を失っているように見える。

 なのに、力ずくでもないのに、暴れ馬は天辰葵の意志通りに、まさにこの世界の意志に従うかのように動かされる。


 天辰葵は細身の可憐な少女である。


 暴れ馬を御する膂力など持ち合わせているはずがない。

 だが、天辰葵は結局のところ力ずくで暴れ馬の頭を下げささせ自分の目線の下まで持ってきて、それで、その深淵のような瞳で馬を見下した。

 天辰葵はただ馬を見下しただけだ。

 睨んですらいない。

 だが、暴れ馬はそれで理解していた。

 目の前にいる存在が絶対的な強者であると。

 いかに体が大きくとも、いかに強い力を持って大地を駆けようとも、目の前にいる存在には無意味な事であると。

 目の前のいる存在の前では、何もかもが無意味であると。

 暴れ馬にとって幸運だったのは、天辰葵が暴れ馬に敵意を向けていなかったことだ。

 いや、そもそも歯牙にもかけていない。

 それどころか気にすら留めていないかのようだった。

 暴れ馬は理性を取り戻し、暴れることをやめ、大人しく従うことを、この少女に服従すること選んだ。

 それは動物としての生存本能として、とても正しい選択だった。


 暴れ馬が暴れ馬ではなくなった後、

「大丈夫かい?」

 と、葵は暴れ馬に襲われそうになっていた少女に声をかけ、その美しい手を伸ばす。

「は、はい、ありがとうございます……」

 その少女は目の前で起きた出来事が信じられないかのようにあっけに取られながら返事をし、その手を取る。

「それは良かった。あなたのお名前は?」

 葵は素晴らしく美しい顔で微笑み、その少女に、少女だけに笑いかける。

 笑いかけられた少女もつられて美しい笑みを浮かべる。

 その少女もまた可憐で美しく、なによりも気高かった。

「申渡月子と申します」

 丁寧にそう答え、その柔らかくもしなやかな手でありながらも、月子はとても力強い手に引かれ立ち上がる。

「月子、良い名です。私は…… 今日この学園に転校することとなった者です」

 葵は月子を立たせ、勢い余って自分の胸の中に抱きかかえながら、月子の目を、瞳だけを、まっすぐ見ながらそう言った。

「え、ええ、それはわかります」

 月子は少し照れながら、そう言った。

 余りにも深く綺麗な深く黒い葵の瞳に吸い込まれそうになりながら。

「そうなんですか?」

 少し不思議そうに葵は月子に聞き返す。

「はい、それほど生徒数がいる学園でもないので」

 確かに。

 この学園には選ばれた者しか入ることのできない。

 ここはそう言った学園なのだ。





━【次回議事録予告-Proceedings.02-】━━━━━━━



 迫りくる暴れ馬を難なく退けた天辰葵。

 そして、訳も分からないまま抱き着かされ運命の出会いをはたした申渡月子。

 そこに現れる自信に満ちた男、午来亮。


 その三名が出会うとき、奇跡と運命は始まる、のか?



━次回、天舞う完全無欠の竜と地を這う暴れ馬.02━━

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る