第12話 【七海】無紋の王者(仮)


Side 七海 風夏


「ただいま」

「おかえり、姉さん」


 七海 風夏とその姉は二人暮しである。


 幼い頃に両親をダンジョンで失っており、ずっと孤児院で育ってきたのだが、姉の夏鈴は探索者としての資質があり今は剣王の1人と呼ばれるような実力者となっていた。

 

 探索者として働いた金で彼女は一人で妹の風夏を育てていた。


 彼女は妹のことを愛している。

 もちろん、妹として……だが。


 その愛情は少しばかり歪んでいた。


「特別推薦枠を使ってきた」

「えっ……」


 風夏は絶句した。


 彼女が絶句したのは"姉が推薦枠を自分に使わなかったこと"に対してではなく"姉が推薦枠を使ったこと"だった。


「誰に?姉さんが推薦枠を使うなんて思わなかった。どうせなら私に使ってくれたらよかったのに」

「知ってるかい?風夏」


  夏鈴は顔を歪めて言った。


「獅子は我が子を谷に落とすんだって」

「……」

「私はお前を愛しているから試練を与えるのだ。必ずやお前なら自分の力で学園に入学できると信じている。私はお前の成功を誰よりも信じている。だからこそ、推薦枠なんてものは使わない。見せてくれないか?お前が谷から這い上がってくる姿を」


 そう言うと夏鈴は自室へと戻って行った。


 残された風夏は小さな声で呟いた。


「相変わらず鬼畜だなぁ。でも、そうだろうと思ってた。私に推薦枠なんてくれないことなんて分かってた」


 風夏は知ってた。


「姉さんが私のために推薦を使うことなんてないってこと。だから練習してきたんじゃん、いっぱい」


 彼女は自分の左手の甲を見た。


 そこに刻まれているのは【七本剣セブンソード


「ま、見ててよ。姉さん。余裕だから」


(でもいったい、誰に使ったんだろう?)


 風夏は気になっていた。


 あの姉が誰かをひいきするような真似をするだろうか?


 風夏は気になり姉の部屋の前に向かって、そして扉に耳を当てて中からの声を拾うことにした。


(姉さんはあちこちから引っ張りだこだ。きっと今も仕事が入っていたりするんじゃないだろうか?)


 その過程で推薦枠を使った相手のことが分かるかもしれない、なんてことを思っていた。


「珍しいですね、あなたから連絡してくるなんて、絶対王者」


 中からそんな声が聞こえてきた。


(他の剣王の声?)


 現在日本のダンジョン界を率いているのは剣王と言っても過言では無い。


 そして、そのメンバーの一員である彼女はもちろん、他のメンバーとの交流もある。


 耳を澄ませていると中から声が漏れてくる。


「魔剣が1本破壊されましたので情報を共有しようかと思いましてね」

「魔剣が破壊?どうせEランクの魔剣もどきだろう?それなら前例がいくつも……」

「いえ、破壊されたのはSランクの魔剣。少し前に一条家が買い取ったものになります」


 ザワ。


 ザワザワザワザワ。


(話し相手はひとりじゃない?何人かいる?)


 そう思ったら次々に声が聞こえてきた。


「なんと?!」

「Sランクの魔剣が破壊された?!」

「どうやって?!」


 中から聞こえてくるのは困惑の声だった。


 そこに凛とした声が響いた。


「魔剣ですよ。五条 零という子が魔剣を所持していました。消えたり現れたりするタイプの魔剣なので、意思を持つタイプでしょう。おそらくは魔剣に好かれたのかと」


 ザワザワ。


「一条の分家か?五条というと分家の中でも格下だったと聞いているが」

「ありえん。五条家には魔剣を買う金も無いはずだ」

「なぜ、五条が魔剣を?!」


 騒然としていた場所に最初の人の声が響いた。


「静粛にせよ、今大事なのは魔剣の話では無い。【絶対王者】よ。その五条 零という子供は使えそうなのか?」


「もちろん。あの魔剣は全ての攻撃を跳ね返しておりました」


 ザワザワ。


「攻撃を跳ね返す魔剣だと?」

「現在確認されている魔剣でもそんな魔剣は存在しない」

「とんでもない魔剣が現れたものですな」


 そこで七海 夏鈴は言った。


「私の推薦枠を使い学園へ五条 零を招待しておきました。これで五条 零も力をつけてくれる事でしょう」


「よくやってくれた。現状ダンジョンの攻略は遅れているからな。1人でも戦力が欲しいと思っていたところだ」

「では、私からの報告はこれで終わりですが。ひとつ要望があります」

「なんだね?」

「五条 零くんが剣王になったとき、2つ名を私に決めさせて欲しいのです」

「なにか候補のようなものはあるのか?」

「もちろん」


 夏鈴は一度深呼吸してからこう言った。


「【無紋の王者】などはどうでしょうか?零くんには紋がありませんので、インパクトもありピッタリかと」

「ふむ。2つ名は本人を表すものである。紋がないという話ならたしかにピッタリやもしれぬな」

「では、そのように」

「うむ。これからはその子を【無紋の王者】と呼ぶことにしよう」


 ピッ。


 通話が切れる音が中から聞こえてきた。


 風夏はその音を聞いてリビングまで戻り思っていた。


(無紋の王者……五条 零か。その子が姉さんに推薦枠を使わせた子か)


「面白〜い。入学前からライバルができちゃった♡」


(私の学園生活は面白いことになりそうだ)

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