旧知のカースマルツゥ 9

 わたしたちを取り巻く空気が凍り、シンと静まり返った。真冬の朝方のように。

 彼女の言葉がそうしたのだ。

『魔術師』、確かに彼女はそう言った。

 普通の暮らしをしている『人間』であれば、そのような単語が日常会話の中に出てくることなどまずない。

 それはつまり・・・・・・彼女は、『人間』ではないという可能性を示していた。

 これまでの彼女の不可解な行動は、それを確たるものともしている。

「あんた・・・・・・まさか・・・・・・!」

 席に座ったままの体勢だが彼はいつでも戦えるようにと魔力を集中させ、臨戦態勢をとった。しかし・・・・・・

「なにをしているの?」

 彼女は冷ややかに言った。

「なにって・・・・・・あんたがなんかしてきた時のために準備を・・・・・・」

 それを聞いた彼女はこれまた冷たくため息をついた。

「あなたねえ・・・・・・ゴエティアをこんな昼間にやるはずがないでしょう」

 しばしの沈黙があった。彼の頭の中ではおそらく、これまでのわたしとの会話の内容を追っていることだろう。ゲーム風に例えるなら、『ログ』だな。

 そのまま彼をほったらかしにしても良かったが、頭がオーバーヒートしてパーになっても困るので、わたしは彼に再度説明することにした。

「お前なあ、わたしが前に言っただろう?『ゴエティアは夜、帳が降りてから』だとな」

「もっとあなたが分かるようにすると、『こんな時間なら誰も出歩いていないだろう』という時間よ」

「つまり・・・・・・深夜ってこと?」

 彼が足りない頭で捻り出した答えに、わたしと彼女は同時に頷いた。

「だいたい、こんなところで戦うわけないでしょ」

「う・・・・・・それもそうですね・・・・・・」

 彼はしょんぼりとしていた。バツが悪いというのだろう。

 わたしは少し疑問が浮かんだので、彼の事は置いておいて彼女に聞いた。

「お前も魔術師であっているな?そしてこの凍り付くような冷たい魔力、お前は『死霊の魔術師』だろう?」

「そうよ。そういうあなたは魔女の言っていた『前回の炎の魔術師』ね」

「前回か・・・・・・酷い言われようだな」

「でもあなた、今回のゴエティアには彼との合同参加でしょう?それはどうしてなのかしら?」

「詳しく話せば長くなるからなぁ・・・・・・かいつまんで言えば、『私の魔力が不安定』といった所以か」

「それも不思議なことね。あなたの話は『友人達』からよく聞いてるわ、最後に行われたゴエティアで最強の魔術師になった存在・・・・・・でも、すぐにあなたは消息不明になった」

「消息不明?わたしがか?」

 未だに戻らぬ自身の記憶、彼女の言葉から思うにわたしのことをある程度は知っているのだろうか?

「なによそれ、あなたのことでしょう?」

「申し訳ないがわたしは記憶を失くしていてね、どういうわけかは聞かないでくれ、わたしも知らないんだ」

「変な人ね」

「よろしければ聞かせてくれないだろうか、わたしのことを」

 すると彼女は彼の向かいの椅子に座った。

「残念、私もあなたのことを詳しくは知らないの。『友人達』も同じ、知っているのはあなたが消息不明になったということだけ」

「ふむ、肝心なところは分からぬままか」

 本当に残念だ、せっかく自身の事を知るチャンスだったのだが・・・・・・だが仕方ないか。

 わたしがそう割り切ると、しょぼくれていた彼が申し訳なさそうに彼女に問いだした。

「あのー・・・・・・ひとつよろしいでしょうか?」

「なにかしら、人間さん」

「どうしてこんなところに・・・・・・というか、ここで何をしているんですか?」

 なにか重大なことでも聞くのかと思っていれば・・・・・・拍子抜けするほどアホなことを聞くものだ。

「ここは喫茶店よ?そして私はここの店員、”働いている”に決まっているでしょう?」

「でも・・・・・・魔術師ですよね?」

「そうよ?」

「魔術師って・・・・・・働く必要とかあるんですか?」

「あいにく、ね。そりゃあ、で生活する必要なんて無いんだけど、こっちの『友人達』のことを研究するためには仕方ないこと。だから働く理由は・・・・・・『生活費』のためってことね」

「『友人達』っていうのは・・・・・・」

「それはダメ。それを話してしまったら、あとでのお楽しみが無くなってしまうもの。それに・・・・・・」

 そこまで言ったところで、喫茶店のドアベルが鳴った。新しい客が来たのだろう。

 応対する店員がいないのか、その客は店の入り口で立ち止まっていた。

 それを見た彼女は席を立ち、自身の業務へと戻ろうとしていた。

「それに・・・・・・あなたは『友人達』のことをよく知っていない。知らない人に言っても分からない。理解できない。それは私にとっての最大の優位性アドバンテージ。だから言わない」

 テーブルに勘定の書かれたメモ書きを残し、席を立った彼女は客の方へと向かって歩きだす。去り際に彼女はこう言った。

「じゃあね、人間さん。また夜に」

 テーブルに残された勘定の書かれたメモ書きには、『代金支払い済み』と書かれていた。

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