旧知のカースマルツゥ 8

 午後三時を迎えたならば大抵の飲食店は、夕方からの営業までの休憩時間になるものだが、チェーン店であればその限りではない。大概は営業しているものだ。

 彼が訪れたのはそんなチェーン店ではなく、名前も聞いたことが無いような小さな喫茶店だった。

『ペコリーノ』という店名の喫茶店は、ビル内であってもどこか古めかしさを保った店だ。レンガ調の外観と、壁際の通路沿いに花壇が並んでいる。花は・・・・・・残念ながらそちらは造花だった。店内は落ち着いた内装で、黒に近い茶色の床面に真っ白な天井ではいくつかのシーリングファンが回っている。

 店に入った彼は窓際の席へと案内された。床と同じ色の窓枠に囲われた窓からは、無数とも思える車が往来しているのが見える。

 店内には落ち着いた感じのBGMが流れている。クラシックというのか?わたしは生憎、そこまでの知識は持っていない。そもそもわたしがそういったものを聴く機会があるとすれば、それは彼次第なのだ。彼が聴くのはもっぱらポップやロックといった曲ばかり、クラシックなぞ中学校の音楽の授業でしか聴くことはなかったぞ。

 席に座った彼が外を眺めていると、一人の女性店員がやって来た。片手には水の入ったコップを持ち、もう片方にはメニューと思わしきものを持っている。

「水・・・・・・あとメニュー」

 そう彼女は不愛想に言った。だがコップを置く仕草もメニューを渡すのも、丁寧なものだった。

「あ・・・・・・ども・・・・・・」

 手渡されたメニューを受け取り目を通す、普通であれば「ご注文が決まったらお呼びください」などと言って立ち去るものだが、彼女は依然としてそこにいた。

 彼と彼女との間には、何とも言えない気まずい空気が漂い出す。

「えっ・・・・・・と・・・・・・」

 彼はメニューから恐る恐る視線を外し、彼女の方へとやる。席に座る彼を見下ろすその瞳は、氷のような冷たさを秘めた青い瞳だった。

「なに?」

 返す彼女の声もまた、どこか冷たさを帯びている。

「いやー、その・・・・・・決まったら呼ぶんで・・・・・・」

 乾いたような愛想笑いを浮かべてで彼は言ったが、彼女はやはりそこから動こうとしなかった。

 店内には彼以外の客もいる。店員も確かに彼女以外にも数人見えるが、だからといって彼ばかりに時間を割くものだろうか?とにかく不思議な女だった。

 数分間の沈黙があった。落ち着いたBGMが余計に聴こえなくなる。

 耐えきれなくなった彼は開いてるメニューのページの一部を指差し、注文した。

「じゃ、じゃあこのチョコレートパフェで・・・・・・」

 注文を受けてその内容をメモに書くと、注文の確認をすることなく彼女は厨房の奥へと消えた。

「なにからなにまで変な奴だな」わたしはそう言った。

「ほら・・・・・・そういう人もいるから・・・・・・」

「俗に言う『コミュ障』というやつか?そうであるならばこんなところで働けるものか」

「社会勉強・・・・・・的な?」

「もしそうだとするならば、ここに送り出した親か友人は悪魔だな。酷というものだ。それはそうとして・・・・・・」

「なんだよ?」

 わたしは彼が開きっぱなしのメニューを見て言った。

「お前が注文したチョコレートパフェとやらは、どこに載っている?」

「はぁ?どこってお前、ここに・・・・・・」

 そう言って彼は再びメニューへと目をやると、先ほど指差した場所へと同じように指を差そうとした時、彼はそのことに気付いた。

「あれ?さっきはここにチョコレートパフェがあったのに・・・・・・」

 彼が指差した場所にはそんなものは無かった。あったのはソフトドリンクが数種類、チョコレートなどという文字は一つとて無い。

 それは店員である彼女も知っているはず。であるにも関わらず、彼女はその注文を持って厨房へと行ったのだ。仮に彼女が今日から働いている人物だとして、そう考えればメニューを覚えてるわけがなくそうなるのはごく当たり前ということに落ち着く。しかしその考えは一瞬で消えた。なぜなら他の店員の名札に答えがあった。新人とおぼしき者には、よくある『初心者マーク』があったからだ。彼女の名札にはそんなものは無かった。つまりそれが意味するのは・・・・・・少なくともチョコレートパフェが無いことは知っているはず、ということだ。

 彼女の事を二人であれやこれやと考えていると、いつの間にか彼女がそこにいた。音も気配もなく現れた彼女に、彼はのけぞるほどに驚いた。

「チョコレートパフェ」

 ただそう言って彼女はパフェをテーブルに置いた。

 棒状のチョコレートクッキー、小さな板チョコ、輪切りのバナナにアイスクリーム、ホイップクリームが盛られた上にはお決まりのチェリーが一粒乗っていた。

 そして先ほどと同じように、彼女は戻るでもなくそこに残った。

 静かにジッと、彼を見ている。

「あのぉ・・・・・・何でしょうか?」

 やはり彼は聞いた。そして彼女は答えた。

「特別メニュー」

「と、特別?」

「あなただけ」

「ど、どうして?」

 次に返ってきた言葉を聞いて、その場の我々を取り巻く空気が凍った。

「運命は数奇なものよ、

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