旧知のカースマルツゥ 7
僅かな時間の朝食を終えてホテルの部屋へと戻り、彼は身支度を始めた。ロビーへと向かいチェックアウトを終えて、あたたかな日の差す屋外へ出る。
すっかり外は人でごった返しており、人ごみの中を進みどこかへと向かった。
「どこへ行くのかね?」
わたしがそう訊ねると、人を避けつつ彼は言った。
「分かんね」
「目的も無しにうろつくのか?」
「うん」
「今日この朝の時間は、お前にとって最後の朝なんだぞ?」
「うん」
何を考えているのやら、それとも何も考えていないのか、いい加減な返事しか彼は返さなかった。ただ闇雲に、思うがままに町を練り歩いた。
例えば路地裏、人ごみから外れて入り込んだそこには、さまざな色のスプレーで作られた落書きがあった。それを描いたのがどんな人物かは想像に容易いが、中にはこれを
路地裏を抜けた後は繁華街へと訪れた。昼間でもよく賑わっており、漂うこうばしい香りが空腹を誘う。ついさっき朝食を終えたばかりだというのに、見た目で明らかに味の濃さそうなツヤのあるタレのかかった肉の串焼きを目の当たりにした彼は、気づいたころには買い食いをしていた。人間の作り出す『食事』という文化は、いとも容易く人を引き寄せる、これもまた人間が持つ能力なのだろう。魔術に近しいものと頭の中で考えてみたが、そう考えると確かにこれは面白い。『誘引の魔術』とか、『魅了の魔術』とか、考え出すとわたしはもう少し人間に対する研究もすべきだった、そう思えた。
繁華街を出ると今度は駅へ、そこから隣町へと向かった。
駅を出るとそこは、大きなビル群で構成された町だった。
オフィスビル、商業施設、ホテルに塾、一つのビルがまるごとカラオケなんていうものもあった。
ビルとビルが空中の通路で繋がっているものもあり、わたしの興味を惹いた。
彼が入っていったビルの中では、主にグッズ関係のものを取り扱うショップがそのほとんどを占めていた。アニメ、漫画、ゲームなどなど、人の世で言う『オタク』向けの店だ。
彼が店の中を見て歩くそばで、わたしの目にふと留まったものがあった。
箱にはデカデカと尖ったようなフォントで『銃騎士リボルガー』と書かれたフィギュアがあった。右端には『未開封』の文字のシールが貼られており、値段は八千円。なんでそんなものに興味を持ったのかは知らんが、全体的に黒いカラーリングでいかにもな感じの『闇落ちキャラ』というのは、緋世の男子の好感を招くのだろう。そしてそれは、他ならぬわたしもその対象に含まれてしまうのか。まあわたしからしてみれば、もう少し『
それに気を取られてる内に、彼は店の奥の方へと進んでいた。そこには古本が並んでおり、立ち並ぶ本棚にはびっしりと詰め込まれていたその様は、さながら大図書館だった。
なにかの本を探す・・・・・・でもなく、ただ見て回るだけ。その見てくれはまさに『心ここにあらず』だった。
無理もない、時刻も既に昼を過ぎ午後三時を迎えようとしている。昼食なども摂っていない、今の彼に時間の概念が無いのだ。それほどに追い込まれているということか・・・・・・
その調子でいいわけがない、わたしは彼に提案した。
「おい、少しどこかで食事でも摂った方がいい」
「いいや、なんつーか・・・・・・そういう気分になれねえっつうかさ・・・・・・」
「そう思えてしまうくらいに今のお前は自分を追い込んでいるのだ。覚悟はしたんだろう?」
そういうと彼は俯いてしまった。
「覚悟・・・・・・したのにさ、今になって『やっぱ
気の揺らぎ・・・・・・それはいついかなる時も、どんなに精神が屈強な者でも堕ちうる罠。魔術師もその例に漏れない。だが・・・・・・
「お前はもう迷うことを許されていない。お前が選び、進むと決めたその道は枝分かれなどしていない真っ直ぐな道なのだ。後ろに道は残されておらず、眼前にはお前が生き残るうえで障害となる存在しかいない。お前がお前の意思で”死”を選ばない限り、安寧も平穏もない」
少し厳しい言葉だっただろうか、一応”喝”を入れたつもりだったが・・・・・・
そんなわたしの意思を汲んでくれたのか、彼は深く深呼吸すると「ウシ!」と自身の両頬を両手で叩いて気合いを入れて見せた。
「そうだよな、やるって決めたもんな!」
「分かってくれたか、なら少しは食っておけ」
「だなー、なんか甘いものとかがいいなー」
「甘味か、糖分は人の思考を整える働きがあるからな、いい判断だ」
「あ、でもさ」
「なんだ?」
「シアが言ってたこと、すっげー難しくって全然わかんなかったわ」
そう言って彼は、「パフェとかあるかなー」とぼやいてレストランのあるビルへと歩き出した。
彼が迷いを断ち切り再び歩み出してくれたのは良いことだ、それはいいんだ。だが問題はそこじゃない。
問題なのは、少しでも彼を『利口』だと思ってしまっていたことだ・・・・・・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます