幕間のウイトラコチェ 1

 闇の魔術師が気を利かせてくれたことに感謝し、わたしたちは家路についた。といっても、ゲートを抜けた先は彼の住んでるボロアパート近くの公園だったが。

 彼はかなり疲弊していた。あの激戦により傷だらけになった体を引きずって、なんとか彼が借りている部屋の中へと入れた。時間は深夜ということもあり、彼の姿は誰にも見られる事はなかった。

 部屋に入るなり彼は、玄関に倒れこむようにあお向けになった。

「つ・・・・・・疲れたぁ!」

「だろうな。だがしかし、よくやった。わたしはお前が死んだときのことをずっと考えてたぞ」

「えぇ・・・・・・酷くね・・・・・・」

「あれ相手に勝てるかどうか、わたしの中では五分五分だったのでな」

 まあそれは、大きく見積もった場合の話し。実際は、九割で彼が負けると思っていた。

 彼は重くなったその体をなんとか起こし、蛇口をひねってコップに水を注ぐと、それを一気に飲み干した。今回の経験が、如何に彼に影響を与えたか、その水の飲み方から察することが出来た。

「とりあえず、闇の魔術師が工面してくれた束の間の休息だ。しっかりと休んでおくがいい」

「言われなくたって・・・・・・つか、これからどうしよ?」

「自分でゴエティアへの参加を決めたんだろう?戦うほかに術などないぞ」

「そうじゃなくて・・・・・・」

 彼の心配事は、どうやら他にあるようだった。

「例えばさ、ゴエティアで俺が死んだらさ、誰が俺の家族とか友達にそれを伝えてくれんの?」

「それはない。お前が死んだことを、誰も知ることはない」

「知らせてくれねえのか・・・・・・」

「伝えるにしてもどう伝える?『あなたの息子さんは、魔術師同士の戦いに参加し、見事にその名誉を遂げました』とでも言うか?そんなことを言いに来られたところで、『こいつは頭がおかしいのか?』と思われるのが関の山だ」

「ですよねー・・・・・・」

 残念ながら、彼の死は誰にも伝わることはない。彼が死んだ場合、彼は”失踪者”扱いとなり、次第に時の中に溶けて消えてゆくだけなのだ。

「不安か?」

「そりゃぁ・・・・・・そうだろ」

「ならば明日、お前は交友のある者たちにでも挨拶周りでもするんだな。無論、家族もな」

「挨拶か・・・・・・シアもそんなことあったのか?」

「わたしには家族も、友人もいない」

 そっかぁ、と。彼はどこか悲しそうだった。わたしはそんなこと、思ったことはないというのに。やはり人間というのは、理解しかねるところが多い。

「一先ずは休め。明日の事は明日、考えればよい」

「そうだな・・・・・・もう体がボロボロだ。手当も明日起きてから、できる範囲でやろう。おやすみ」

 彼はそう言うと、着の身着のままでベッドに倒れこみ、そのまますぐに眠りについた。

 友か・・・・・・わたしにはそんなのいなかった。わたしにいたのは後にも先にもただ一人、わたしに炎の魔術を伝授してくれた師のみだ。

 わが師は旅が好きな人だった。わたしに修行を言い渡してはどこかへと行くのは、日常茶飯事だった。

 そんな師がある日、わたしに炎の魔術師の継承の証である”メダル”を託し、わが師は旅へ出た。そして数日後、わが師の訃報が届いた。

 旅先での事故死だった。崖から転落したそうで、即死だったという。

 その後、わたしは次の炎の魔術師となった。そして・・・・・・

 そして・・・・・・ゴエティアで勝ち残った。

 ゴエティアで勝ったわたしは、魔女が召喚した魔人に願いを叶えてもらって、それから・・・・・・

 それから・・・・・・どうなったんだろうか?なぜか記憶がなかった。思い出せなかった。

 だがなぜだろうか、彼がゴエティアで勝ち残ることが出来れば、その問題が解決すると確信が持てていた。

 人間が見せた可能性が、そう思わせたのかもしれない。

 一先ずはわたしも休むとしよう。わたしはメダルの中へと戻り、休息することにした。

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