涵養のスヴィズ 12

暗き水に堕ちろメイルシュトローム・アビス!!」

 雨が止み、静けさを取り戻した平原に、彼の”名前を与えられた魔術ネームド・アーツ”が唱えられた。そこに現れた巨大なマッコウクジラの幻影が、高周波な嘶きをあげた。

 平原に響き渡る美しいその鳴き声は、今の状況においては恐ろしさが勝った。

 クジラの幻影がゆっくりと、その巨大な口を開け岩の戦士に迫る。口の中には鋭い歯がおびただしく生え並んでいる。

 その口は岩の戦士を簡単に飲み込める程だった。気づけば岩の戦士は、クジラの幻影が開いた口に飲み込まれる寸前だった。

 影が迫る。それは、傀儡同然の存在に与えられる”死”そのものであった。

 クジラの口に岩の戦士は、呆気なく飲み込まれた。

 その幻影は、多量の魔力を宿しており、それに使われた水量は、想像しうる限りのほどを越えていただろう。

 水圧に押しつぶされてその場に残されたのは、岩の戦士に繋がっていた四肢と大剣のみだった。

 終わりというのは呆気ないものだ。あれほどの力を見せつけ圧倒的な存在だったそれは、今や崩れ朽ちてゆく残骸へと変わり果てていた。

「か、勝った?」

 彼はまだ、岩の戦士が再び立ち上がるのではないか、と不安そうだった。

「安心しろ。あれはもう動くことはない」

 残骸から何一つ魔力を感知できない。完全に機能は停止していた。

「よ・・・・・・よかったぁ~」

 てっきり盛大に喜ぶものと思っていたのだが、それよりも安堵の方が強いようだった。まあ無理もない、ついさきほどまで、命のやり取りをしていたのだからな。

 そこへ、杖をついて闇の魔術師がやって来た。

「いやはやいやはや、何ともまあ感心させるヒトの子じゃわい」

「ど、どうも」

 何が感心だ。途中からずっと、

「なかなか見事な戦いじゃったぞ。ゴーレムをあの段階にしても生き残るどころか、倒してしまうんじゃからなぁ」

「そんなにすごいことなんですか?」

「少なくともわしの弟子たちは、あの段階になったら一目散に逃げだすんじゃよ。恥ずかしいもんじゃ。まあ中には、お前さんのように超える者もおったが、数えるほどでもないがな」

 闇の魔術師は、感慨深く顎髭を撫でている。

「どうじゃったかな?魔術師として、戦い方というのは身についたかの?」

「実感はよくわかんないですけど・・・・・・たぶん?」

「ほっほっほ、それでよいそれでよい。お前さんはまだ魔術師として日が浅い。わしらとは場数が違い過ぎるのじゃ」

「日が浅いどころではないぞ、つい昨日なったばかりだ」

 わたしは口を挟んだ。

「なんと?!炎よ、無茶なことをしたのぉ」

「水の魔術師が襲撃してきたからな、仕方ないことだ」

「なるほどのぉ、ヒトの子が水の魔術を使えたのは、そういうことかいな」

「なんだ、魔女から聞いてなかったのか?」

「うんにゃ、魔女は何も言うておらん」

 ふん、魔女め。ゴエティアでなければ、関心を持たないか。

「あのー・・・・・・」

 わたしたちが会話しているところに、恐る恐る彼が割って入ってきた。

「これで鍛錬終了ってことはさ、俺・・・・・・闇の魔術師さんと戦うんですか?今?」

「なんじゃ、そんなこと気にしておったのか。それなら安心せい、お前さんが戦っている間に、魔女と話をつけておいたぞい。ゴエティアの開始は、二日後の夜からじゃ」

 それを聞いて彼の表情は、明るくなった。

「じゃ、じゃあ・・・・・・!」

「うんむ、一先ずは休むがよい。じゃが二日後からは、わしらは敵同士じゃ。その時が来たらば・・・・・・容赦はせんぞ?」

 どこか挑発気味に、闇の魔術師は彼に宣言した。

「さてと・・・・・・ほれ、そこにお前さんらが通ってきたゲートがある。そこを通れば元の世界に帰れる、ささ、おゆきなさい」

 ゲートの向こうに見えるそこは、すっかり夜を迎えていた。

「あ、えっと・・・・・・あ、ありがとうございました?」

 なんと声を掛ければいいのかわからず、彼は精一杯に言葉を選んだようだ。

「ほっほっほ!最後まで面白いヒトの子じゃな。ほんじゃ、おやすみ」

「お、おやすみなさい!」

 彼なりに礼儀を尽くしたので満足できたのか、彼は走ってゲートをくぐり抜けた。わたしは彼が持ってるメダルからあまり離れることが出来ないので、続くようにゲートを抜けた。

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