涵養のスヴィズ 6

 彼とゴーレムとの本格的な戦いが始まった。

 次々と魔術による爆発で攻撃を行う彼だが、やはりゴーレムへのダメージにはなっていない。それどころか、無意味に魔力を消耗するだけでなく、ゴーレムからの攻撃を回避するので体力も持ちそうにない。すっとろい大ぶりな攻撃しかしてこないとはいえ、そこから生じる衝撃波がじわじわとその体に響いている。

「ジリ貧じゃな」

 立派な髭を撫でて、闇の魔術師がつぶやいた。否定はできない。

 それでも彼は、やみくもな攻撃を続けた。

 はたから見ればそれは『無様』。泥にまみれようとも、戦うことをやめない戦士だ。魔術師とは程遠い。

 何度も、何度も・・・・・・だだっ広い平原に、爆発音が響き渡る。綺麗だった大地には、ゴーレムによる攻撃の跡がむざむざと残され、魔術による熱波に焼けこがれ、酷いありさまとなっていた。

「考えろ、考えろ、考えろ!炎が効かないなら、どうする?!」

 彼の思考が、魔力を共有しているわたしにも流れ込んでくる。そうだ、考えろ。考えに考え抜いたその先—――――

 ”お前は、至ることが出来るか?”

 ふと、脳裏にわが師の言葉が、その声が聞こえた。わたしの先代の炎の魔術師、当時の最強の魔術師でありながら、争いを好まず、その最期は”旅先での不慮の事故死”という、虚しい死を遂げた。あの方の声が、なぜ・・・・・・?

 その瞬間、彼から感じることのないであろう別の魔力の気配を感じた。

 それは・・・・・・湧きあがる『水』のようだった。

 右手の人差し指にはめられた、水の魔術師の継承の証である『指輪』から、深く蒼い光が輝きを放った。

「な、なんと・・・・・・?!」

 闇の魔術師は思わず杖を放り出すほど驚いていた。わたしも同様、彼のその行動に驚かされていた。

「小僧、お前・・・・・・使えるのか?!」

 振り下ろされようとしていたゴーレムの腕を彼は、水の魔術により打ち出された強烈な鉄砲水で押し返してみせた。

「なんということじゃ・・・・・・魔力の『性質』を変える事無く、別の魔術を使えるとは・・・・・・」

 本来、魔術師というのはたったひとつの魔術しか使えない。というのも、保持する魔力にその魔術が持つ『性質』が刻み込まれ、それ専用になってしまうからだ。

 しかし、まったく出来ないというわけでもない。今、闇の魔術師が驚いたように、魔力の性質を書き換えてしまえばいいだけだ。ほとんどの魔術師はそれをしない。なぜなら、再び自身の魔術を使うとなった時に、再度書き換えねばならないからだ。

 魔術の探究の果てに、同時に使用することも可能ではあるだろう。

 だが、彼は人間だ。人間がそれをやってのけたのだ。

 わたしは内心、とても高揚していた。こんなことが出来るのか、人間というのは・・・・・・!と。口惜しいのはこの場にペンと用紙がないことだ、書き記したい、書き残したい!どこまでも深い深い魔術の奥底、これを書かなくしてなんとするか!!

 だが、一番驚いているのは”彼”だろう。

 実際、彼はその場で呆けていた。右手とぶっ倒れたゴーレムを、何度も往復するように目配せしている。そんな彼にわたしは、声を掛けた。

「小僧、お前・・・・・・まさか・・・・・・」

 彼は不安そうな眼差しをわたしに向けて言った。

「で・・・・・・出ちゃった・・・・・・水の魔術・・・・・・」

 彼は、まったくの無意識で、水の魔術を使っていたのだ。

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