涵養のスヴィズ 5

『ゴーレム』

 彼が幼い頃からやっていたテレビゲームというものにも、同じ名前をした魔物が登場している。実際、その名を聞いて『それ』が頭によぎるものだろう。

 だが・・・・・・その想像しうるであろう『ゴーレム』とは、あり方が違う。

 まずは、姿形だ。ゲームに出てくるような整ったものではない。その辺の岩をただくっつけただけだ。

 次に、思考。ゲームのようなおしゃべりでもなく、ただただ寡黙。命令された通りにしか行動できない。

 別に”召喚された”、というわけでもない。”作り出された”という方が正しい。

 魂などは存在しない。現代の人間の作り出した技術における、『AI』に近いものと思った方が良いだろう。

 不格好で寡黙、命令されたことしか出来ない無能。あまりこういうことを言うのは憚られるが、社会で生きてゆくならば、そういう思考は決して持ってはならない。

 話がそれたな、戻すとしよう。

 今彼の前には、そのゴーレムが突っ立っている。所謂、待機状態というやつだ。

 作り出したのは他でもない、闇の魔術師だ。

「ほっほっほ。ヒトの子は、実によい”反応”をしてくれるわい。わしの弟子どもときたら、『見飽きた』だの『もっと強いのを』だのと、口を開けばすぐに文句を言うもんじゃわい」

 呆れ気味に闇の魔術師が、愚痴をこぼした。

「では、ヒトの子や。このゴーレム、見事倒してみせよ」

 そう言われた彼の目は、興味津々で輝いていた。

「すっげぇ・・・・・・ゴーレムと戦えるのかぁ・・・・・・」

「感心している場合ではないぞ、小僧。構えろ」

 わたしが彼に促すと同時に、闇の魔術師は杖を振りかざし、ゴーレムに”命令”を与えた。

「なぁに、これは『鍛錬』じゃからな。そんな、『殺す』とか『死ぬ』とか、物騒なことは命令しておらんから、気軽に戦いなさい」

 命令を受けたゴーレムが、ゆっくりとその岩の重い足を持ち上げると、大地に重々しく打ちつけた。ずしんと、その衝撃は大地を揺るがすものだった。

「も、もう攻撃とかしてもいいのかな?」

「聞くより先に手を出せ」

 言われるがままに彼は火球を作り出すと、それをゴーレムへと放り投げた。放物線を描き、ゴーレムへと着弾。しかし、まるで効いてなかった。びくともせず、その歩みに乱れはない。

「効いてねえ?!だったら・・・・・・そうだ!アイツのやつで!」

 そして彼は、あの水の魔術師が使って見せた『槍』を炎で作り出した。燃え盛る炎の槍、真っ直ぐにゴーレムへと飛んでゆくが、着弾しても刺さることはなく、虚しく弾け飛んだ。

「なんで?!」

 しまった・・・・・・これはまだ教えてなかった。

「ほっほっほ!頑張るのぉヒトの子よ。その様子からみるに、まだ教えてもらっておらんかったのかな?」

「小僧、すまんな。お前に大事なことを教えてなかった」

「なにさ?!」

「うーむ、そうだな・・・・・・お前は、岩を素手で砕けると思うか?」

「めっちゃ鍛えた格闘家とかならやれんじゃね?」

「誰がそんな頓智を聞かせろと・・・・・・まったく」

 彼のつまらん回答に辟易していると、すでにゴーレムは彼の目の前にまで来ており、その岩の腕を振りかざしていた。

 それに気づくや否や、彼は水の魔術師に使って見せた、『炎の盾』を構えていた。

「それではダメだ!」

「へ?」と間抜けな返事がしたころには、彼はゴーレムの腕に殴られ、数十メートル先にぶっ飛ばされていた。勢いは激しく、地べたに何度も打ちつけられ、転がった。

 彼は全身の痛みに堪えて何とか立ち上がった。

「なん・・・・・・で、防げなかっ・・・・・・たんだ・・・・・・」

「言い忘れていたんだがな。炎というものには、物質的な概念が存在しないのだ」

「なに・・・・・・それ?」

「例えばな、炎の圧力でならば、何かしらの物体を”動かす”ことはできるだろう。だが、お前の盾のように、その場に”留まる”炎では、動くものを止めることは出来ん」

「でも、水の魔術は防げたぞ?」

「お前の盾の”熱”で蒸発しただけにすぎん」

「じゃあどうすりゃいいんだ・・・・・・」

 わたしが思うに、彼はその答えに辿り着く一歩前まで来ていると思っている。

「わたしが言ったことを忘れるな」

「”イメージ”だろ?」

 分かっているならいい。

 先ほどゴーレムに殴られる直前、ほんの一瞬だったが、彼とゴーレムの腕の間に、無数の小さな火球が作り出されたのを見た。それは腕が当たる直前に爆発し、実際彼が受けたダメージは、その爆発によるものだけと見受けられた。

 彼がそれを”直感”で行ったのかは定かではないが、もし、そうだとしたら・・・・・・

 彼への過剰な『助言』は、きっと逆効果なのだろう。

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