涵養のスヴィズ 2

「ゴエティア?」

「新たに炎の魔術師となった明星様は、ご存じありませんでしたね」

 そう言うとカンテラの女は、彼の前に立ち、上品なお辞儀をしてみせた。

「自己紹介が遅れました、わたくしはここ『魔術師たちの館』を管理しております、”魔女”でございます」

「ま、魔女ぉ?!」

 彼の驚きように愛しさでも感じたのか、魔女はクスクスと笑っていた。

「はい、魔女です。ですが、魔女と言っても、みなさまのように魔術が使えるわけだはないのです」

「魔女なのに?」

「ええ。ですが、なにもすべての魔術が使えないというわけではありません。使うことが出来るのは、なのです」

「その時って?」

「それはこの後のゴエティアの説明の際に」

 そして魔女はゴエティアの説明を始めた。

「ゴエティアとは、魔術師たちが鍛え上げた己の魔術を駆使し、その時点での強者を決める儀式です」

「魔術を駆使するって・・・・・・戦うってことですか?」

「はい、もちろん、命懸けです。なので、

「絶対に一人だけ・・・・・・ってことはさ、こいつ・・・・・・シアはそのゴエティアで生き残ったってことか?」

「シア?」

「ええ、こいつなんですけど・・・・・・」

 そう言って彼はわたしを前に突き出した。魔女と目が合った。

「ああ、あなたでしたか。手紙に書かれていた名前を見た時、この方は誰でしょうか?となりましたが、そういうことだったんですね」

「そういうことにしておいてくれ」

「へ?」

「お前も黙ってそうしておけ。魔女よ、続きを頼む」

「かしこまりました。ゴエティアで生き残った魔術師は、一つだけ、願いをかなえることが出来るのです」

「すっげぇファンタジー・・・・・・」

「その際に召喚される存在、『魔人』を召喚するのが、わたくしが使うことの出来る唯一の魔術なのです」

 へー、と。なんとなくで彼は納得していた。

「ご理解していただいたところで、多数決を取りましょう。ゴエティアを開催するか、否か」

 老紳士が手を上げた。

「魔女よ、未だここに集わぬ魔術師が数名おるが、その者たちは何と?」

「はい。まず、『死霊の魔術師』様は”賛成”、次に『黄金の魔術師』様も”賛成”、そして・・・・・・」

 そこまで言ったところで声が詰まった。重い空気を払うように、老紳士が問うた。

?」

「ええ、未だに」

「見つかってないって?」

「はい、この場にいない魔術師の一人、『永遠の魔術師』様です。もう何十年と、その存在を確認できておりません」

 やはりか、永遠の魔術師め。一体どこに姿をくらませたのだ。

「永遠がおらねば儀式の意味もあるまいて」

「ですがご安心ください。此度の儀式、正しく”七人”集まってございます」

「なに?」

 そして老紳士が彼を見た。そして合点がいったのか、立派なあごひげを撫で繰り回した。

「そうか、なるほどな。”二人分”ということか」

「ええ、おっしゃる通りです」

 すると、さっきまで大柄な態度だった小娘が、椅子からテーブルへと飛び降りて、ずかずかと歩いて彼の前にしゃがみこんだ。睨むように彼の顔を覗き込む。

「こいつで二人分か~。楽勝だな♪」

「やめんか、風の。新顔にそのような態度はするでない」

「ああ?!うっせえなぁ、闇のジジイはよぉ!オレなりの”挨拶”だっつうの!!」

 小娘は舌打ちをし、またテーブルを歩いて戻り、ふてぶてしくドカッと椅子に座った。

 老紳士が優しい表情で彼の事を励ました。

「すまんの、ヒトの子よ。あれは育ちが悪くてな、人里から外れた荒くれ共のもとで育ったんじゃ。許してやっておくれ」

 いえ、そんな、と。身振り手振りで彼はその謝罪を受けた。しかし・・・・・・闇・・・・・・闇・・・・・・

「おお、思い出した!お前、『闇の魔術師』か!」

「ほっほっほ、久しいのぉ、炎のよ」

「あれからどれくらいたったかは知らんが、そこまで老け込んでおらぬではないか!」

「わしのこともそうじゃが、お主よ。なにがあってそんな格好をしとるんじゃ?」

「ふーむ、それはなんとも説明できん。なにせ、何も覚えてないからな」

 そうかそうか、と。髭を撫でながら相槌を打つ闇の魔術師。

「みなさま、談笑中のところ申し訳ございません。ご返答はいかがなさいましょうか?」

「おお、忘れとったわい。わしは、”賛成”じゃ」

「ハッ!オレも”賛成”だぜ。なにせ、ニンゲン相手だからな。ニンゲンがどんな風に死ぬのか、見てーからよ♪」

「相変わらず口の減らぬクソガキが」

「ああん!?んだとこの、炎のボンクラァ!!」

 テーブルに片足を乗せ、乗り込むようにこちらにガンを飛ばしてくるが、相手にすることはなかった。

「いかがなさいますか、炎の魔術師様?」

 最後に聞かれた彼だったが、俯いていた。

「それってさ、ようは、”殺し合い”だよね?」

「ええ、そうなります」

「折角さ、魔術の腕を磨いてきたのに、それで殺し合いするのか?最初から、それが目的で?」

「おぉい!もういいぜ、多数決なんだぜぇ?ニンゲン一人が拒否ったとこで、賛成が多数で可決だろうがよぉ!!」

「風の魔術師様がおっしゃる通りです。炎の魔術師様、貴方様がこれを反対されましても、ゴエティアは開かれます」

「違うんです」

「と言いますと?」

 彼はキッと、魔女の顔を見た。

「ちゃんと、自分の意思で”賛成”と言いたいんです」

「なぜでしょうか?」

「願いを叶えられるってことはさ、その願いで、多くの人間を傷つけることも容易いってことですよね?それを願う魔術師がいるなら、それは阻止しないといけない」

「んだテメェ!!オレにケンカ売ってんのかゴラァ!!」

 激しく乱暴に、クソガキが荒げてテーブルを踏みつけた。ただでさえボロなテーブルに亀裂が入った。

「こんなこと言いたくないけどさ、お前みたいなやつには間違っても、願いを叶えさせたくはない!」

 言うじゃないか、小僧。その時のクソガキの顔ときたら、煮えたぎった溶岩のようだった。

「上ッ等だテメェ・・・・・・始まったら真っ先にぶっ殺してやる・・・・・・」

 その場の空気が真空状態にでもなったように、ピリピリとしている。

 だがそんな中でも、魔女の透き通るような声が通った。

「それでは炎の魔術師様、”賛成”なさいますか?”反対”なさいますか?」

 聞かれた彼は、堂々と胸を張って答えた。

「”賛成”します!」

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