給るホヴィロン 9

 迫る渦潮を受け止めた火柱が、その螺旋を伝い流動する。

 やがて火柱が渦潮の頂点に達すると、渦潮の全体を包み込んだ。

 海の怪物が炎にまかれている。悶え、苦しみ、抵抗し、それでも炎が勝った。

 怪物を飲み込み、包みこむ炎はさながら、巨大な蛇のようでもあった。

 怪物は死んだ。最期にその触腕を天へと掲げ、慈悲を、救いを求めるかのように。

 炎の蛇の勢いはとどまることを知らず。そのまま今度は、水の魔術師へとその牙を剥いた。

 水の魔術師は呆然と立ち尽くしていた。魔術の魔の字すら知らないであろう人間が、自らの命を賭けて解き放った魔術が、いともたやすくに打ち砕かれたのだから。

「俺が・・・・・・負けた?」

 彼の脳裏には、まごうことなき”死”がよぎった。

「死ぬのか・・・・・・ここで・・・・・・人間如きに・・・・・・」

 力なく垂れさがった両腕。だがその時、彼はようやく思った。魔術師でありながらなぜ、人間に後れを取ったのか、また、例え他の魔術師を相手にしても間違いなく、勝つことが不可能であることを。

「ああ・・・・・・そうか・・・・・・これが・・・・・・俺が拒絶した・・・・・・」

 全てを悟った瞬間、彼の瞳には好奇心の輝きが見えた。

 そして―――――炎の蛇に飲まれた。

 体育館のステージの上で、命の最期の輝きを見せた。

 素晴らしかった。美しかった。彼はようやく、一人の”魔術師”として、死んだのだ。

 全うして見せた。その役割を。

 わたしの足下では、蛇を放った魔術師が膝をついていた。莫大な魔力を消耗した影響だろう、疲弊している。

「た・・・・・・倒したのか?」

「ああ、見事だった。お前も、彼も」

 ゆっくりと、呼吸を整えている。やがて何かに気付いたのか、わたしを見てこう言った。

「これって・・・・・・ひ、人殺しだったり・・・・・・」

 わたしは首を傾げた。

「なぜそう思う?」

「だって・・・・・・人だろう?」

「ああ、そういうことか」

 どうやらまだまだ説明不足な所があるようだ。

「シンプルな回答をしよう。魔術師は、人ではない」

「でも俺達と同じ姿で・・・・・・」

「だが体は肉体を持っていないでもあるのだ」

「はあ?」

 うまく理解できないでいるようだ。無理もない。

「やつが放った最後の魔術、あれは、自身が持つ魔力のほとんど、もしくは、すべてを使用するものだ」

「すべて・・・・・・」

「そしてなにより、魔術師の体は、その魔力に最も適した体になっている」

「と、いうと?」

 宙に舞い散る燃えカスの中、彼に振り返り言い放った。

「魔術師の体は、”魔力”そのものなのだ」

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