給るホヴィロン 8

 眼前に繰り出された強大な魔術を、彼はただ見つめていた。

 傍観。いや、彼と魔力を共有状態にしているからだろうか、今の彼が抱いてるものが手に取るようにわかる。

 これは、『感動』だ。

 魔術とは全く縁のない人生を送るはずだったであろう人間が、神秘を経験しているのだ。

 スピリチュアルなものであれば人間たちにもあるが、それとはまた違う神秘なのだ。

 実際、水の魔術師が放ったこの魔術は、実に美しいものだ。

 憤怒と憎悪、その二つだけが混ざり合い、不純物の一切ない神秘と化している。

 深海のように漆黒で、うねり、蠢き、渦潮であると同時に、神話に出てくるような海の怪物のようでもあった。

「すげぇ・・・・・・」

 彼の口から漏れ出た。なんの捻りもない感想。もし、それが水の魔術師の耳に届いていたならば、どうなっただろうか?さらに激昂し、あの魔術はどれほどに強くなっただろう?

 いや、そんなことはいくらあの不出来な水の魔術師でも無いだろう。

 きっと分かっているはずだ。求めていたもののはずだ。

 その結果が、”今”なのだ。

「どうだ、小僧。あの魔術は、美しいだろう?」

「うん・・・・・・なんつーか、ワクワクするんだ」

「ワクワクねぇ・・・・・・いいことだ。だが、それだけか?」

「ううん、違う」

 そう言うと彼は、右手を握りしめて言った。

「俺・・・・・・”勝ちたい”!!」

 好奇心・・・・・・それは、魔術師をより洗練するエネルギー。

 それはもう自然なことだった。わたしと魔力を共有したばかりに、わたしが持つ”性質”すらも、彼に影響を与え始めていた。

 先ほどまでの彼の魔力は、その一言を皮切りに、彼の体から放出され始めた。

 止めどない好奇心が、彼の魔力に強くあらわれ始めている。

 それは、わたしも予期せぬことだった。こんなことをした魔術師なぞ、わたしが初めてだっただろう。

 やはり魔術はいい。何千年、何万年、幾人もの魔術師たちが、どれほどの生涯をかけても未だにすべてが分からないのだ。終わらない好奇心、実にいい。

「それはいいことだ。ならば・・・・・・その心に従い、わたしが、いや、が培ってきた炎の魔術、そこに新たに刻み込むといい。お前の、お前だけの”名前を与えられた魔術”を!」

 彼の体からいっせいに魔力があふれ出す。まるで火柱のようだった。

 天に、水の魔術に向け、火柱と共にその手を伸ばし、彼もまた、同じく祝詞をあげた。

「燃えろ・・・燃えろ、燃えろ!!この心の疼きに、渇きに答えろ!!燃やせ燃やせ燃やせェ!!この心が、この身体が!燃え尽きんばかりにィ!!」

 彼は叫んだ。心のままに。

思うままに焼き尽くすインフェルノ!!」

 彼の言葉に呼応して、彼の体から立ち上る火柱が、その激しさを増して水の魔術へと猛進し、激突した。

 火柱が渦潮の先端にぶつかると同時に、爆発的に水蒸気があふれ出した。彼の炎も負けてはいなかったことを証明していた。

 だがそれでも、渦潮の方が強かった。

 火柱を中央から、その螺旋で引き裂き、彼へと落ちてくる。

 引き裂かれた炎は明後日の方へと、虚しく伸びてゆくばかり。

「これで終わりだ、死ね!人間!!」

 容赦なく火柱を引き裂く渦潮、腐っても魔術師としてはその能力は高かった。

 だが唯一、たった一度だけ抱いた油断が、勝敗を分けた。

 渦潮が引き裂いた炎が、渦潮に纏わりついたのだ。まるで、飲み込むように、包み込むように。

 やがてそれは、渦潮の螺旋の流れに沿って張り付くと、それまでの魔力量からは考え付かないほどの魔力を放出し始めた。

 炎はその熱量を上げると色が変わる。赤から白へ、白から青へ。彼の炎もまた、同じように変化したが、彼の炎は、青より先があったのだ。

 炎の中に煌びやかな銀が輝く。炎の色も白へ、しかし、その熱はその限りではなかった。

 白銀色の炎。わたしは確信した。これが、彼の”魔術”なんだ、と。

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