給るホヴィロン 6

 水の魔術師はじっと睨んでいた。

 背後には体育館のステージがあり、朽ちて落ちそうになっている校章旗がその光景を禍々しくも見せた。

 沈黙。わたしたちとの間に会話はない。

 静寂。わたしのそばで、追跡者を見据える彼の心臓の音が伝わるほどに。

「生意気だ」

 先に口を開いたのは、水の魔術師だった。

「人間のくせに、魔術を使いやがって」

 憎悪を秘めた声色が、静かな体育館に響く。

「し、知らなかったんだ!」

「その答えは焼け石に水だ、小僧」

 たまった鬱憤が、水の魔術師が放ってきた魔術に反映されていた。

 ぶちまけるように襲い掛かるそれは、さながら軍隊蟻の如く。広範囲から一点、彼へと向かうその姿は、逆向きの散弾そのもの。

「イメージだからな」

 そうわたしが言うよりもはやく、すでに彼は右手を水の魔術に向けていた。

 一瞬閃光がほとばしると、彼の目の前に巨大な火柱があらわれた。

 それは瞬時に横に展開し、さながら『炎の壁』となり、迫りくる水の魔術を打ち消した。

 これにはさすがに水の魔術師も驚いたようで、随分とまあ悔しそうな顔をしていた。

「ふ、ふざけやがって!ただの人間の分際で!!」

 今度はまるで子供のように怒りをあらわにしだした。忙しいやつだ。

「な、なんか・・・・・・めっちゃ怒ってね?」

「ん~?ああ、あいつはそういう主義なのさ」

「主義?」

「お前が好きな漫画やら映画やらでそういったものはなかったか?まあようするに、やつは人間が嫌いなんだ」

 彼は「あー、はいはい」と心のどこかで程度に納得した。

 話しているうちに敵は、次の攻撃を仕掛けてきていた。

 今度は水を槍のように形作り、まっすぐに撃ち出してきた。

 彼もまた、さきほどと同じように炎の壁を作る。

 だが・・・・・・わたしの説明不足もあっただろう。

「まて、小僧。それでは、!」

「え?」

 猛烈な勢いで突っ込んできた水の槍は、彼の作り出した炎の壁に突き刺さり、ゆっくりと、確実にその壁を『突破』した。

 幸いなことに、炎の噴出力に押されたのか、水の槍は彼の横っ面をかすめて飛んで行った。

「ちっ!外したか!」

 水の魔術師は再び水の槍を作り出そうとしている。そんなことも知らず彼はといえば、未だに壁の向こうで今起きたことを傍観していた。

 肌で感じた”命の危機”は、彼の思考を乱している。

 わたしは彼の目の前で一度、小さな火球を爆発させた。

 ハッと我を取り戻した彼は、わたしを見つめてきた。

「今・・・・・・水が・・・・・・俺の顔の横を・・・・・・」

「落ち着け。お前は運が良かった。炎の出力が弱ければ、間違いなく死んでたぞ」

「だって、壁で遮れると思って・・・・・・!」

「すまなかった、そこはわたしが至らなかった」

 炎の向こうではまだ、次の攻撃の準備をしているところだった。

「あれは初級魔術の”槍”だ。初級と侮るなよ?腕の良い魔術師ならば、その槍ひとつで格上の魔術師を亡き者に出来るぞ」

「しょ、初級だって?ってことは、弱い魔術ってことじゃん?!」

「何度も言ってるがイメージだ。それだけで話しは大きく変わる」

 そうこうしてるうちに、どうやらが出来たようだ。

「来るぞ。いいか、イメー・・・・・・」

「イメージ、だろ!」

「よろしい、やってみせろ」

 壁の向こう、水の魔術師は再度、水の槍を撃ち出す。

 さきほどよりもより洗練された水の槍が、まっすぐに力強く壁に飛んでくる。

 それを見た彼は、炎の壁を小さくまとめてみせると、分厚くも小さな盾のようにしてみせた。

 凝縮されて生み出された炎の盾は、触れた水の槍を瞬時に蒸発させ、消し飛ばした。

「な・・・・・・」

 水の魔術師はとても驚いていた。不覚にも、わたしも同じく。

 まあ、一番驚いていたのは、それをやってのけた本人なんだがな。

「すげえ・・・・・・できた・・・・・・ははっ」

「素晴らしい・・・・・・とてもよいイメージだ」

 だが・・・・・・妙だった。同じ水の槍を作るのならば、なぜ、

 その時、体育館の天井の向こう、いくつものボールが挟まりっぱなしの天井の向こうから、強大な魔力を感知した。

 おそらく、水の魔術師が感情を乱された拍子に、隠匿するイメージが外れたのだろう。

 そしてそれは、魔術師が放つ”決死”の魔術を意味している。

「小僧」

「なに?」

「喜べ。お前はこれより、魔術の・・・・・・魔術師の真髄を垣間見ることになることを・・・・・・」

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