給るホヴィロン 4
それは突然だった。
みょうちくりんな能力を手に入れたこと以外は、そこらの人間と同じなんら変わり映えのない生活を送っていた彼。
そんな彼は今、命の危機に瀕していた。
眼前に迫りくる水の弾丸。それらははっきりと、彼に対する明確な『殺意』を纏っている。どこへ避けようとも殺す、と。彼を中心にとらえ、広範囲に放たれた。
咄嗟の判断、いや、反射的な行動だったろう。彼は右手を向け、空を払う動きをした。
それは非常に荒々しかった。空を払えばたちまちに、閃光と共に炎がほとばしった。
煌々と赤い炎は、凶器と化した水をその熱で爆発、霧散させた。
「は?」
それは両者ともに漏れ出た言葉だった。
片やその能力の成長ぶりに驚愕し、片や自らの力の真髄に気付けない大馬鹿者。
謎の襲撃者が唖然としているうちに、彼は脱兎のごとくに公園から逃げだした。
襲撃者が気づいたころには、彼はとっくの昔に姿を消していた。
「逃げたか・・・・・・だが!」
襲撃者は再び、その水を使い何らかの力をこうした。
公園から逃げ出した彼は、少し離れた通りを走っていた。
片方は雑木林で奥には廃校があり、片方は先ほどの公園のある町だ。
必死だった。ただひたすらに、「死にたくない」という感情だけだった。
心音は酷く荒れ、肺は呼吸の有無を感じれないほどに。立ち止まろうものならば、その極度の緊張感に耐えられず、嘔吐することだろう。
だから彼は走り続けた。走って、走って、走って―――――
そのうち彼は一度、後ろを振り返った。襲撃者が追って来てないか確認するために。
だが、誰もいなかった。追って来ていなかったのだ。
少しだけ安堵した彼はその足を止め、呼吸を整えた。そんな悠長なことをしていられるとは・・・・・・私はついに呆れて、喋ってしまった。
「おい」
突如、何者かの呼びかけを受けた彼は、心臓が爆発したのかと見間違えるぐらいに驚いて見せた。それでもわたしは続けた。
「止まってる暇はないぞ、小僧」
「だ、誰だよ!?」
「質問は後にしろ、そら、”来たぞ”」
そう言われて彼は、もう一度後方を確認した。
遠方から、霧のようなものが迫ってきていた。
それは町を飲み込むほどに巨大で、日の出を迎える前によくみられるような光景だった。生き物のように。ゆっくりと。
「き、霧?」
「ただの霧ではない、あれはやつの・・・・・・いや、やはりそんな暇はないな」
わたしは少しばかりの力を使った。まだ少々不足気味だが、微動程度なら問題ない。
彼の上着の胸ポケット、そこにあるメダルをすぐそこの坂道へと動かした。
「お・・・・・・うわ!?」
上着ごと引っ張られた彼は、少しよろめた。
時間がない、あの霧はやっかいだ。
「走れ」
恐らく直感だっただろう。彼は言われるや否や、いまだ苦しい胸を押さえ、再び走り出した。
「な、なあ!」
走りながら彼がわたしに聞いてきた。
「お前さ、誰なんだよ!」
「後にしろ」
「あれは何!」
「後にしろ」
「俺のこれは、何なんだよ!!」
「それは・・・・・・ふむ、とりあえずそこの建物に入れ、そしたら話してやる」
「建物って・・・・・・これ・・・・・・」
そこにあったのは廃校だった。外観は古臭い木製、白いペンキは所々剥がれ落ち、かつての煌びやかさは当の昔。
彼は悩むことなく、腐って外れた玄関から内部へと侵入した。
あちこちからカビの匂いがすれども、気にすることなく走り抜け、やがて体育館へと辿り着いた。
彼はぜいぜいと肩で呼吸している。疲弊があらわとなっている。
わたしは辺りを見渡した。ここだけはしっかりと、窓ガラスが残っている。ここならば少しは時間を稼げるだろうと判断した。
「よし、では小僧。先ほどの質問に答えてやる」
未だ呼吸の安定しない彼を待つつもりは無い。
「お前は、選ばれたのだ」
それは、彼が夢で見たものと同じっだたという。
「え、選ばれた?何に?」
彼がそれに興味を示したことにより、わたしと彼を結ぶものが強くなり、わたしは力の一部を取り戻しつつあった。
充分だった。小僧には言葉で説明するよりも、こちらの方が手っ取り早いだろうと判断した。
彼の持つメダルは突然、赤く煌々と輝きだし、その輝きは形を成した。
動物の物と思わしき頭蓋骨に、人間のような上半身の骨。それがその時のわたしを形成するものであり、その時の限界だった。
そんな姿のわたしを見て、彼は目を丸くし、口をボケっと開くばかりだった。滑稽だったよ。
「小僧、お前は今、わたしが認めよう。”炎の魔術師”として―――――」
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