給るホヴィロン 2

 その後の彼の学校生活はというと、全くこれっぽっちも異変はなかった。翌日は早朝から、学校の講堂に集められ、昨日の悲劇を語られる程度だった。

 被害者でもある子羊は、心理カウンセリングを受け、数日ほど後に学業へと戻った。それでも、炎を見ると彼は発作的に極度の緊張状態に陥り、まともに立っていられないほどにはトラウマを植え付けられたようだ。

 豚どもが学校に戻ることはなかった。別に死んだとかそうではなく、子羊の証言により、彼らの愚行が教師たちに知れ渡ったからである。無論、連絡は親にも伝わり、豚どもは晴れて野に放たれたのである。その後の豚どもがどんな人生を送ったかなど、誰にとってもどうでもいいことだ。

 さて、彼の話に戻ろう。

 彼はその後、無事に学校を卒業し、彼の目指していた大学へと進学・・・・・・するはずだったのだが、彼はそれを諦め就職した。

 就職先も地元で、少しだけ町の外側、周りには川や開けた空き地、肝試しなんかで侵入するのにうってつけの廃墟なんかがあった。

 給料はお世辞にも良いとは言えない。手取り14,5万程度だ。当然、住居も家賃の安いボロアパート。人もあまり住んでいないが、むしろ彼にとっては好都合だった。

 なぜなら、あの事件の後、彼には一つの日課が出来たからだ。

 それは、一種の戯れから来たものだった。

 あの夢を見た後、彼は何と無しに部屋においてあった雑誌に手をかざした。

 すると、手の先に得体の知れない熱が帯びるのを感じるや否や、雑誌の表紙が黒く焦げだした。たちまちに煙も上げ始め、彼は慌てて飲みかけのペットボトルのジュースをかけ、事なきを得た。部屋の天井は青みがかった灰色に覆われていた。

 不思議なことに彼は、手をかざし念じると、対象を燃やすことが出来るようになっていたのだ。

 だが、目の前で起きた現象を、彼はなかなか受け入れられなかった。

「疲れてるのか、それともまだ夢でも見てるのか?」

 部屋の中、焦げ臭い空気を纏い、右往左往して。

「ファンタジーだ。ファンタジーすぎる!」

 おちゃらけた夢現とうたい。

「ありえない!」

 否定を繰り返す。

「アメリカ人が不意に落ちたものをキャッチして、自分をスーパーヒーローと思うようにバカバカしい!」

 まあ、それは知らんが。とにかく落ち着くことなく、大根役者でもそうはならんだろうと思えるほどに、自問自答を繰り返すばかりだった。

 そんなことを2時間、たっぷりと時間をかけているうちに、ついぞ彼はそれを受け入れた。

 さて、そんな他人に理解されることも無い、強力無比な力を手に入れた人間は、次にどんなことをするだろうか。

 弱者を淘汰するために使うのか、あるいは強者を屠るために使うのか、自身の欲を埋めるために振るうか。

 だが彼は、そのどれにも当てはまらなかった。むしろその力を、制御しようとしたのだ。

 不意に手を伸ばして何かを燃やしてしまわないように、彼なりの理解で。

 そのために彼は、毎日夜遅くになると、家の近くの河川敷や人目のない空き地で、力を試すようになっていた。

 初めはチラシやその類から。手をかざしたり、その辺に落ちていた枝切れを杖のようにしてみたり(まあ、枝切れが燃えたが)と。

 そのうち彼は、空き缶なんかの鉄も燃やしてみせた。驚いたことに彼は、それすらも燃やしてみせたのだ。

 そこまで上手くコントロールしているというのに、それでも彼はその力を私利私欲のために使うことはなかった。その鍛錬を続けたのだ。

 そして今に至るのである。

 今もまさに、家の近くの廃墟の中、そこでゴミを燃やそうとしていた。一斗缶いっぱいに詰め込んだゴミに手をかざす。周囲を見渡し、誰もいないことを確認すると、彼は念じた。言葉など不要、呪文などというおままごとはなし。シンプルにただ念じるのみ。

 ゴミの底が赤く輝きだし、たちまちに火柱が立った。そこから少しづつ火力を調整し、赤かった炎はやがて青色へと変貌した。火柱の高さも極めて低く、中のゴミを確実に焼却するかのようだった。

 炎を出している時、彼は気付いてはいないようだが、実に恍惚とした表情をしているのだ。リラックスしているともいえるだろう。

 しかし・・・・・・残念なことに、その日は運が悪かった。

 彼を遠くから見つめる者がいた。そよぐ夜風に青いローブをなびかせ、じっと彼を見ていた。やがて、不愉快そうに噛みしめ呟いた。

「人間風情が・・・・・・」

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