三 ロダンの彫刻
彼は上京の翌年、関口に新築相成った新居に移り、深草公爵家との同居はそこで終わったが、最も近い親戚同士ということで、毎月二、三回は、深草公爵家を訪ねた。深草公爵家も、邸宅の敷地を官庁の施設に充てることとなり、関口にほど近い音羽に邸宅を移したので、彼は徒歩で気軽に深草公爵家を訪ねることができた。
常望は、幼少から人形を使った遊びを好んだ。彼は、京都から持ってきた童子姿の御所人形と、父がドイツで購入したプロイセンの兵隊人形一式を始めとして、人形の蒐集を増やして行った。母親の梅子にねだれば、相当高価な人形も買い与えてもらうことができた。梅子は、男の子である常望が人形を欲しがることに懸念を抱くほど、家庭内のことに熱心ではなかった。彼は、公子がフランスから持ち帰ったビスクドールを見て、同じ製造元からビスクドールを何体も取り寄せた。梅子が実家の九重家から持ってきた十一段飾りのひな人形も、彼は自分の部屋に運ばせて、一式のなかで気に入りの三人官女の人形は、ひな祭りの季節ではない普段からビスクドールの隣に並べた。また、日本橋の人形店にハナを差し向けて、藤娘や道成寺といった、舞踊を題材にとった人形を誂えさせた。彼は、小学生の頃は、そのようにして集めた二十体ばかりの人形を、棚から降ろして、錦の敷物の上に、京都から持ってきた童子姿の御所人形を上座に据えて、まわりを兵隊人形に固めさせ、上座の御所人形に内外の人形がつぎつぎに謁見しに来る見立ての遊びを、ハナに手伝わせて何度も何度も行った。
良房と公子が来訪したときは、彼は年下の公子に合わせて、人形を動かして遊んだ。
「プリンス・イツカシ閣下、わたくしはイングランドのお城から来た娘でございます。ハウ・ドゥ・ユウ・ドゥ?」
「ハウ・ドゥ・ユウ・ドゥ?ようこそ、長旅ご苦労さまでした。」
「イングランドで若様のお噂を耳にして、ぜひお目にかかりたいと存じて、船に乗ってまいりました。」
「お召しになった船は巡洋艦ですか、駆逐艦ですか?」
「むずかしいことは承知しておりませんが、黒い大きな船でございます。水兵が大勢いっしょでございました。」
常望と公子は、人形に成り代わってこのようなやりとりを即興で行いながら、遊びを続けるのであった。
良房は、人形遊びには興味がなく、待っている間は常望の蔵書である、洋書の絵本を眺めていた
常望は、学習院中等部に進学すると、ピアノの腕を上げて、家に帰ると毎日二時間はグランドピアノに向かって、モーツァルトのソナタを一つずつ仕上げて行った。
語学は、京都に住んでいたとき以来のフランス語だけでなく、初等部五年生からは英語を始めた。
ピアノも語学も、東京に在住する外国人が彼の教師に就いた。教師はいずれも外交官の夫人であった。彼女たちにとって、日本きっての名門の貴公子であるプリンス・イツカシの家庭教師になるということは、名誉なことであった。
彼は語学の上達も早かった。かえって日本語の標準語の方が習得に時間がかかり、京言葉がその頃も完全には抜けていなかった。関西弁のアクセントは、学校ではよく笑いものにされたが、国語の教師だけは、京都のかつての御所言葉の研究を続けている人で、常望の言葉に専門的な興味を持った。常望は、その教師には、自分の言葉は主におばばさまや女中から習ったものであるうえ、小学校では標準語で教わっていたので、祖父のような御所言葉とは違うと説明した。それでも、その教師は、常望を時々放課後に職員室に呼んでは、彼の語彙や発音を細かく記録した。
常望は、時々音羽の深草公爵邸を訪れて良房や公子と遊ぶほかは、自室で京都から上京した女中のハナに手伝わせながら、独り自室で過ごすことが多かった。中等部も三年ぐらいになると、彼は思春期に入っていたが、異性への興味はまるで起こらなかった。彼は、書物は何でも購入することを梅子から許されており、大人の読む小説を好んで読んだ。
彼は、学校の友人は多くはなかったが、お互いの屋敷や別荘に行き来したり、一緒に遠足に行ったりという付き合いは相応に行った。
中学になってからは、彼はそれまでのふっくらとした体格から、次第に背が高く伸びて手足が長くなった。彼は敏捷な運動神経で、テニスや乗馬を始めとした、社交に必要なスポーツは人並み以上にできるようになった。彼の人形遊びも年齢に応じて変化し、彼は人形一体一体をいろいろな方向からスケッチブックにデッサンしたうえで、人形の来歴や彼の創作した人物設定を記入した「カルテ」と彼の呼ぶ台帳といっしょに、それらのデッサンを保存した。
厳橿公爵としての彼は、成人ではないために宮内省にある程度配慮してもらいながらも、重要な宮中儀礼に参列した。彼の参列には、梅子か家令の林が付き添った。彼はもはや帽子を席に忘れるようなことはなかった。明治四十年には、相次いで亡くなった貞望とイトの葬儀の喪主を京都まで出向いて勤めた。
梅子は相変わらず社交に忙しく、赤十字会の活動や、各国外交官との交際や、学習院の同窓の催し物等で、週のうちまるまる邸宅に滞在する日は珍しかった。彼女の父親の九重公爵が貴族院副議長から議長に就任すると、父親の政治向きの仕事を支えるようになり、九重邸での政治家の会合の準備や、父親の内外出張の旅行手配等、九重家の家令に指図する役目を担った。九重公爵の唯一の嫡男は英国に留学中であり、九重公爵の一族で政治向きの仕事を手伝う能力、ことに社交の能力のある者は、梅子に限られたからであった。やがて、梅子は、貴族院の中の政治会派であった二月会の幹事である吉池子爵と父親との連絡役となった。吉池子爵は、元下級公家の出身で、梅子と同じ明治十年生まれであり、夫人が関西の某財閥の出身で、資金力を背景に頭角を表しつつあった。梅子は、歌会や茶会を口実にして、吉池邸に頻繁に出入りした。
梅子は、朝食の時には、常望と同席して、常望の学校の様子や、ピアノや語学の上達具合を尋ねた。常望が求められた説明をして、梅子は、そこに特に変わった様子がないかを確かめるという形の会話であり、常望の話す、たとえば学校で友達に京言葉をからかわれたとか、深草公爵家では良房付きの女中が常望の菓子を取り上げて前掛けの隠しに入れてしまうとかいった細かい日常については、梅子は興味を抱かなかった。常望は、
「おばばさまならば、この話を聞けば、きっとお怒りになられただろうに」
と思うこともあったが、諦めるべきことは諦めざるを得ない、ということをよく心得ているのであった。
梅子は、義望との結婚生活は、形だけのものであったとはいえ、義望が薨去した後の時間を持て余さないよう、社交に打ち込むようになって、やがて父親の政治向きの仕事を手伝うようになったのであった。
梅子は、貴族院に現われた、華族にとって政界での希望の星ともいえる吉池子爵を、将来の首相に仕上げるという夢を抱いた。貴族院は、旧公家と旧大名と維新の勲功貴族と高額所得者から成る、日本の閨閥の代表であったが、政治的なまとまりがないため、意見が細かく割れがちで、結局衆議院の議決を追認するだけのことが多かった。九重公爵と梅子の夢は、いずれ吉池子爵を衆議院に鞍替えさせて、華族の意見を代表する政治家に仕立て上げることであり、そのために、まずは機会を見て、彼を衆議院選挙に出すことが必要であった。
吉池は、英国のオックスフォード大学を卒業していて、同級生には英国の政界に入った者もあり、ロンドンの大使館で臨時雇いとして外交を手伝った経験もあった。関西財閥の当主が欧米の視察旅行の途中でロンドンに立ち寄り、自分の娘の婿の候補として吉池に目を付けたのであった。政治の世界では、鉄道や馬車や人力車といった足代や、会食のための交際費や、秘書を雇う費用がばかにならないのであったが、吉池は乗り物も会食も秘書も夫人の実家持ちであり、そのうえ他の政治家の急な出費を気軽に立て替えることができた。吉池の政治活動における経済的な機動性は、旧摂家で資産家であった九重公爵家よりも上であった。
吉池の書生に、山本という男がいた。
彼は、島根県の出雲から、つてを頼って上京して、吉池の家に住み込みながら、法律学校に通っていた。
彼は六尺を超える長身で、浅黒い肌に、しじみのような黒い目が光るのが目立っていた。彼は、吉池の供として新橋や柳橋の料亭の玄関で主人を待つことがあったが、お茶を挽いている芸者衆は、彼のことを放っておかないで、彼に色目を送ったり、話しかけたりした。彼は、普段から無口で、芸者衆に反応することなく、玄関の上がり框に腰を掛けて法律書を読みながら主人の出て来るのを待っていたが、その武骨さには、かえって花柳界の女性を惹きつけるものがあった。
吉池の書斎に通る客は、書生が茶の給仕をすることになっていた。梅子が吉池を訪ねると、いつも山本が長身に丸盆を持って、白磁の茶碗の載った茶托を梅子の前のテーブルに差し出した。
山本の武骨な黒い指が、器用に茶托を持ち上げて、中の茶の水面を揺らさないように静かに卓上に置いた。
梅子は、吉池の書斎で山本に茶を出してもらうのは初めてではなかったが、その日は図らずも、山本の武骨な指を見ながら、彼の指が自分の指に触れる感触を想像した。
九重公爵の名代としての梅子は、山本に給仕の礼に会釈をする必要はなく、まして「ありがとう」といった言葉を掛ける必要もなかった。梅子は、たとえ自分が声を掛けても、この男は自分の立場を心得ていて、自分と目を合わせることはないだろうと思った。
五分刈りに黒い詰襟服の山本は、長身に似合わない小さな朱塗りの丸盆を両手で体の前に下げて一礼をすると、書斎の扉を開けると、まるで蜥蜴のように気配を立てずにするりと外へ出て行った。そして入れ違いに吉池が書斎に入ってきた。
吉池は、頭の回転が速いだけでなく、人の気持ちや場の空気を敏感に読み取る能力にも長けていた。
梅子は、ややうつむきながら、白磁の茶碗を手に取っていたが、その頬にやや紅潮が見られるのを、吉池は見逃さなかった。吉池の勘では、梅子は山本に何かしらの興味を持ったことは間違いなかった。このことは、政治家吉池にとっては、事実であるならば、重要な情報であった。それと同時に、吉池は、梅子が山本に心を動かしたと、にわかに断定することに躊躇を覚え、二人が同じ場に居合わす機会を確認したうえで判断を下そうと考えた。その判断とは、梅子と山本が男女の関係になるよう積極的に工作するという判断であり、それはもちろん、吉池が政治的な切り札の一つを握る可能性を期待してのこと、すなわち自分が九重公爵の操り人形となっている現状を転換して、九重公爵を自分の操り人形にする可能性を考えてのことであった。
吉池は、梅子の本日の来訪の表向きの要件である、厳橿公爵邸で来月開催予定の牡丹鑑賞の園遊会への招待を快諾し、次いで本当の要件である、本年度予算案に関連した二月会の態度について、九重公爵への言付けを伝えた。
「日英同盟の趣旨から、このたびの駆逐艦建造の英国への発注につき、二月会を賛成でまとめること、了解いたしますとお伝えください。」
吉池は、ふと妙案を思いついた。彼はあたかも些細な事を思い出したかのように言った。
「ああ、もう少しで申しあげそびれるところでした。来月末の牡丹鑑賞の園遊会には、吉池としても彩を添えたいので、先般家内の実家がフランスから取り寄せた、ロダンの彫刻を後日お屋敷にお届けいたします。ロダンの弟子による複製で、金属製ですから、お庭の雨風がかかるところに置いていただいても、問題はございません。そうだ、現物を今持って来させますから、しばしお待ちいただけませんでしょうか。」
吉池は、そう言って、書斎から出て行った。
少し時間が経過してから、再び書斎の扉が開いて、山本が高さ二尺ほどの小ぶりなブロンズの彫刻を運んで来た。
そのブロンズ像は、裸体の男女が岩の上に並んで座り、女が男の膝に自分の膝をもたげ、男は女の顔を上から接吻しているという構図のものであった。
山本は、一旦彫刻を廊下の床に置いて、書斎の扉を開くと、もう一度彫刻を持ち上げて、並んだ男女それぞれの膝より少し低い位置に両手をかけて、書斎のテーブルに運んだ。
書斎の扉はそのまま開かれたままであり、吉池は梅子に気付かれないように、長い廊下の曲がり角に身を潜めながら、室内をうかがった。
山本は、吉池から、客人がこの彫刻を見たときの反応を確認したいから、書斎の扉は空けておくように、それから客人の質問には、「はい」「いいえ」だけでなくて、努めて受け答えするように、あらかじめ指示を受けていたのであった。
山本が彫刻をテーブルの上に据えると、梅子は山本に声を掛けた。
「ご苦労様。重かったでしょう。」
山本は、テーブルの前に起立して返答した。
「いえ、だいじょうぶです。」
「わたくしはヨーロッパで暮らしたから、むこうの彫刻でこういうのを見慣れているけれど、日本ではまだちょっと憚られるわね。」
「はあ、・・・運ぶのは正直気恥しいです。」
「おや、やっぱり、そう?」
梅子は声を立てて笑った。
「自然を丸出しにするのが、今の芸術の流行よ。日本だって、文芸でも、演劇でも、自分の普段を陳列するようなのがもてはやされるのよ。あなた、芸術の方面は興味はないの?芝居とか、見たりします?」
「はい、滅多に参りませんが、お休みをいただくと、下町の芝居小屋に参ります。自分は、芝居を見るのならば、きれいなものが見たいです。人が隠しておきたいようなことは、見たいとはおもいません。」
「あなた、若いのに、芝居小屋の芝居は作り事で嘘くさいとか、思わないのね。」
「たまの休みに小遣いを出して見るのですから、いい夢を見たいです。」
「小説は読んだりするの?」
「自分は、文章を書くのが好きなので、物語の真似事のようなものを書いています。」
「あら、意外ね。見たところ、昔の剣術使いみたいなのに、文章を書くのが好きだなんて。どんなものを書いているのか、読みたいわ。」
「とても人様にお見せできるようなものではありません。きれいな人が、きれいに振舞うだけの、つまらないものです。」
「それでいいから、今度会ったときには、書いたものを見せてよ。」
そこに、吉池が顔を出した。
「山本、この彫刻は、おまえが厳橿公爵邸にお持ちするんだ。その時に、おまえの書いたものも持参して、ご覧に供するように。」
山本は黙って吉池に頷いた。そして、彼は梅子に一礼して、書斎から出て行った。
吉池が言った。
「梅子様、彫刻は明日夕方にお持ちいたしますが、ご在宅でしょうか?」
「午後四時には帰館しているはずです。」
「では、その頃に山本をうかがわせます。」
「山本さんには、品物は女中に預けないでわたくしを呼び出すように、言いつけておいてください。」
「御意うけたまわりました。」
吉池は、自分の予想した展開になりそうな予感がして、自分の勘のよさに慢心を覚えた。
常望は、四月中旬のある日の早朝、八分咲きとなったしだれ桜を見るために、ハナを伴って庭に出た。彼は、その途中で、梅子の寝室の外の軒下に、銅製の人形のようなものが置かれているのに気が付いた。
「ハナ、あれは何か、知っているか?」
「昨日吉池様のお使いの方が重そうに運んで来られました。今度の園遊会で、お客様にお目に掛ける品やそうでございます。林がそう申しておりました。」
常望は、その人形のようなものをよく見ようと、軒先に近づいた。黒みを帯びた青色の金属は、男女が接吻を交わしている姿のものであることがわかった。
「これ、着物を着せなあかんな。」
常望がそう言いかけたところで、梅子の寝室の部屋のカーテンが、さっと引かれた。貞望は、カーテンが閉まる前の一瞬、ガラス越しに、梅子のほかにもう一人、長身の人物の姿があったのに気が付いた。
「こんな朝からお客人が来はったのやな。」
常望がそう言ってハナを振り返ると、ハナの顔色は蒼白であった。四十過ぎの寡婦であったハナは、その光景の意味を悟るだけの分別があった。彼女は、常望に向かって、急に取り繕うように言った。
「しだれ桜、まことにうるわしゅうございました。梧桐の君様は、そろそろ制服にお着替え遊ばして、朝のお食事のお支度のほど願いあげます。」
吉池子爵の書生の山本は、三月の末に彫刻を梅子に届けてから以降も主人の使いとして、しばしば尋ねて来るようになり、間もなく梅子と親しい関係になっていたのであった。山本は、用向きが済むと、門を出て屋敷を半周し、裏口から庭園に入って、梅子の寝室のガラスの引き戸を合鍵で開けて、中に入った。梅子と山本との関係は、厳橿公爵家に仕える主だった人々の知るところであったが、みな何も知らないように振舞った。しだれ桜のうるわしいこの朝に機転を利かせたハナも、間もなくその事実の詳細を知り、そうした人々の一人に加わった。
常望は知的には早熟であり、梅子が吉池の使いと恋愛関係にあるということは、しだれ桜のうるわしい朝に独りで気が付いた。彼は、百人一首でよく男女が言い交わしているようなことであろうと漠然と理解した。そして、それはみだりに他人に言うようなことではないということも、書物からの知識で了解していた。しかし、彼には、恋愛とはどういうものなのか、実感がなかった。彼にとって、恋愛とは、茶会や舞踊の鑑賞会と同列の何かの行事としか理解できなかった。
四月の下旬、牡丹鑑賞の園遊会が華やかに行われた。園遊会は午後二時から開始され、深草高房公爵を主賓として、九重公爵や貴族院の主だった議員やその夫人をはじめ、五十人ばかりの紳士淑女が出席した。
上野の音楽学校の教師が演奏する絃楽四重奏の流れるなか、常望は梅子の先導で、来賓のひとりひとりに挨拶をして回った。常望はこのような当主としての役割の経験を十分積んでいて、挨拶には慣れていた。しかし、彼は、先導役の林の振り付けに従って、相手の身分に応じたお辞儀や会釈をするだけであり、来賓と会話することはなかった。
牡丹園はさして広くはなかったが、百株ほどが薄赤や紫の花弁に黄色い蕊を見せて、いずれも見ごろであった。牡丹園の奥の突き当りに、例のロダンの彫刻がさりげなく置かれた。彫刻の前で、ある紳士は葉巻を手にしながら欧州の芸術の風潮を論じ、ある淑女は赤面して早々に踵を返した。
常望は、一通りの挨拶が終わると、ハナを伴って自室に戻った。談笑に忙しい大人たちの誰も、当主が席を外したことには気が付かなかった。彼は、良房や公子も園遊会に招かれていたならば、ここで一緒に遊べただろうに、と残念に思った。彼は京都本邸での花相撲を思い出して、ハナに持って来させた紐を円形に置いて土俵とし、人形たちを一対ずつ土俵に上げて、相撲をとる見立てを行って、そのデッサンをした。彼は、何気なくプロイセンの兵隊とビスクドールを手に取り上げて取り組みをさせようとして、はっと気付いてプロイセンの兵隊を列に戻すと、ビスクドールをもう一体取り上げた。常望は独り言を呟いた。
「男女七歳にして席を同じうせず。」
そして彼は、ハナの顔を見て付け加えた。
「ただしハナと公子ちゃんとはこの限りにあらず。」
彼がデッサンを一枚仕上げるのには十五分程度かかった。取り組み三番ほどのデッサンを終えたところで、園遊会が散会する時間になり、彼は花相撲をそこでおしまいにした。
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