第19話 馬鹿

「なんだ作戦があったのか! 知らなかったぞ! ハッハッハッハッ!」


 獄門ゴクモン凶寺キョウジ。やはり馬鹿過ぎて作戦を聞いていなかったらしい。ずっと筋トレしてたからな……。


 そんな突っ走った行動に頭を抱える私――氷坂凛華。扇雀が居なければ私1人では止められなかっただろう。


「とにかく。今からは私が指示するまで筋トレ以外何もするな」

「うむ! 氷坂凛華を見ながら筋トレが出来るなら何も問題無い!!」


 

 さて、このバカを大人しくさせたところでだ。恐らく魔素反応を出した人物はどこかに移動したか、もしくは騒ぎに気付いて近くに潜んでいるかもしれない。


「カケル。とりあえずBチームにゴクモンを捕まえたと連絡してくれ」

「分かった」


 カケルがBチームに連絡する為、端末を操作しようとしたその時。ノイズ混ざりに端末から通信が入った。


『ザザッ――ちら――――イチちゃんが――ワン!――助け――――ザザッ』

「カエデッ!? イチちゃんがどうした!? 何が起きてるんだ! カエデ!!」


 カエデの鬼気迫る声に、私達はすぐに何か非常事態が起きたのだと理解する。

 

 カエデからの通信がすぐに途絶え、カケルの呼び掛けに応えてこないということは敵に襲われたか。ポチの興奮した鳴き声も聞こえてきた事から近くで強力な異能が使われたのだろう。


「くっ! 考えるのは後だ。すぐに行くぞ!」


 何か良くない事が起きているのは確かだ。すぐさま私達はBチームの元へと向かった。




 ――――――――




「何が……起きたんだ……?」


 駆け付けた私の目に飛び込んできたのは、あまりに酷い惨状だった。


 成城寺高峰、神楽楓、益城壱の3人が血塗れの状態で倒れている。最後まで戦っていたのであろうイチは更に損傷が激しく、力無く倒れている。そんなイチをポチは心配そうにペロペロと舐めている。


 そのあまりにも悲惨な光景に、糺明院聖愛が即座に駆け出す。まだ意識の残っているタカネとカエデを先に回復し、最も負傷の酷いイチの回復へ即座に取り掛かる。


「カエデッ! 何があった!!」


 カケルがすぐにカエデの元へ駆け寄る。マリアの異能で怪我は感知したとはいえ、軽くパニックに陥っているカエデはゆっくりと口を開く。


「よく……覚えてなくて…………気付いたら成城寺先輩が倒れてて……イチちゃんが私を守って……」

「リンカ会長ッ! イチちゃんの意識が回復しませんわ!」

「くっっ……! …………1度学園に戻るぞ……」


 何がどうしてこんな被害が出たのか。相手は透明になる異能以外にも居たのか? イチがどうしてここまでやられる?


 考えても考えてもまとまらない思考に、自分が何か間違えていたのだろうかと自責の念に蝕まれる。

 冷静になる為にも、そしてタカネとカエデとイチを休ませるためにも帰らなくては……。




 ――――――――




「イチちゃんはまだ眠っておりますわ」

「そうか……マリアも1度安め……」

「会長…………」


 生徒会室に1人。外は既に夜。私は項垂れながら思考を巡らせる。


 冷静になってきたカエデとタカネに話を聞いたが、やはり相手の姿は見ていないらしい。気付けば攻撃を受け、イチが戦い負傷した。

 全くといっていいほど情報がない。最後まで戦っていたというイチが目を覚まさない限り何も得られない。


 ゴクモンが勝手に行動しなければ。

 私がBチームに居れば。

 私の作戦をもっとしっかりしていれば。


 考えても考えても、分からない。


「……こういうの……向いてねぇのかな……」


 今まで何もかも完璧にこなしてきた私の、大きな初めての失敗。


「稲生学園の生徒会長ともあろうお方が自信喪失……それでも氷坂凛華かね?」

「ぁ……?」


 気付かぬ内に部屋に扇雀累が居た。


「なんだ……今は1人にしてくれ……」

「僕の知っている氷坂凛華はそんな姿を見せないのだがね。実に失望した」

「……何が言いたい」


 扇雀累は静かに私の前へ歩いてくる。その目線は未だ本に向けたまま。


「今の氷坂凛華。君のことが――嫌いだ」



 ――――――――



「はぁ〜……本当にごめん……」

「まあまあ……どうしようもなかったんだし」


 月明かりに照らされイチの眠る保健室にて、僕――斎木翔とカエデ。そして成城寺高峰と糺明院聖愛、獄門凶寺が集まっていた。


「私が不甲斐ないばかりに……2年と1年をこのような目に合わせたのだ……謝るのは私だ」

「そんなっ、敵の接近に気付かなかった私が悪いんですよタカネ先輩……」


 自分が悪かった。そんな事しか聞こえてこない部屋で、僕は小さな違和感をずっと抱えていた。だがその違和感の正体に気付けない。


 ふと、さっきからスクワットをしているゴクモンに目をやる。


「ふんっ……ふんっ……ふんっ……」


 あぁこの人は本当に何も考えてない馬鹿なんだな。

 そんな僕の目にキュウメイインさんが気付いた。


「この筋肉ダルマが1番悪いのではなくて?」


 その声に、先程から互いに謝り続けていたセイジョウジさんとカエデがピクリと反応した。


「そうですっ! ゴクモン先輩が勝手に行動しなければこんな事にはならなかったかもしれないのに!!」

「何故そう平気で筋トレしてるのだこの馬鹿者!!」


 2人に責められたゴクモンは、まるで何を言ってるんだと言わんばかりの表情をする。


「B1とA4が手も足も出なかったのだ! 俺が居ても同じことだっただろう!! ならば! その強力な敵にいつまた出会ってもいいよう身体を鍛えるのは当然のこと!!」


 そしてゴクモンさんはこう続けた。


「今回は相手が強いということが判明した! ならばこちらも強くなる以外に何がある! 落ち込む暇があるなら筋トレだ!」


 その言葉にセイジョウジさんとカエデはハッとした。


「……たまには馬鹿もまともな事言うんだな」

「そうですよね……イチちゃんがこんなになってまで守ってくれたんです。こんな事してる場合じゃないですよね」


 少しだけ、ゴクモンさんの言葉で2人が前を向いたように思える。


「僕も……今きっと、1番落ち込んでるリンカの力になれる事を探さなきゃな」


 そうしてリンカにもう一度会いに行こうと思い立った時、ようやく扇雀累さんが居ないことに気付いた。


『殺す』


 ルイさんのあの恐ろしい言葉が脳裏によぎる。


「リンカが危ないっ!」

「ちょっ! カケル先輩!?」


 僕は最悪の事態を思い浮かべながら必死に駆け出した。

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