第15話 異質
4名の異能力者を仲間に引き入れる為、私達4人は別れた。
そうして私は学園の体育館地下にある特殊トレーニングルームにやってきた。そこに体育委員会長の
「失礼! 獄門凶寺はいるか?」
学園生徒でも一部の人間しか使わないトレーニングルームに入ると、ムワンと汗の匂いと熱が全身を包む。その発生源となる人物は1人しかいない。
「氷坂凛華! ついに鍛錬する気になったのかぁぁ!!」
その声と共に、ガタイの良い人間が目にも止まらぬ速さで距離を詰める。
「おおおぉぉぉ……! やはり! やはりいいぞぉぉ! 氷坂凛華!」
「…………」
今私の身体をベタベタと触り興奮しているムキムキマッチョなこの男。稲生学園で最も怪力で、私が最も苦手な人物だ。
「離れてくれ。何度も言ったがお前と筋トレをする気はない」
「なにぃっ!? 氷坂凛華ぁ! お前ならこの俺とトレーニングをすればより美しい筋肉を手に入れられるのだぞぉ!!」
私がこいつを苦手としている理由。それは脳筋、筋肉のことしか頭にない完璧なバカなのだ。
以前から何度も誘いを受けては断っているが、それでも懲りずにこうして迫ってくるのには理由がある。
昔から私は美ボディの為に軽い筋トレや走り込みを日課としているのだが、そのストイックさと私の筋肉に何らかの素質を見出したらしい。
「残念だけど、お前のような筋肉ダルマになる予定はないんだ。それよりも今日は頼み事があって来た」
「断るっ!!」
ゴクモンは清々しいほどの笑顔で断った。
「筋トレより優先すべき事など存在しない! 今もなお我が筋肉はトレーニングを待ちわびているのだ!!」
そう、獄門凶寺は筋肉のことしか頭にない。何よりも筋肉優先のこの男、食事中やお風呂中でも常に筋トレ。睡眠時ですら全身に負荷をかけたまま寝るという24時間筋トレバカ。
正直、名前を挙げた4人の中でこいつが1番仲間に引き入れるのに苦労する人物。だからこそ、私が来た。
「もしこの頼みを聞いて無事に終えてくれたら、1ヶ月間毎日お前と筋トレをしてやるよ」
「むむむ……それはなんとも…………だがしかし!! 今俺が筋トレを辞めてその頼みとやらを聞いてやったとする! だが1ヶ月では割に合わん!! 1年だ!!」
そういうと思っていたさ。だからここは、この筋肉バカに上下関係を叩き込む必要がある。
「割に合うかどうか、か。じゃあ今から異能を使わずに勝負をしよう。それもお前の得意なレスリングでな。私が勝てば1か月、お前が勝てば1年。悪くないだろ?」
「はっはっはっ! 結果は目に見えている! だが氷坂凛華とはいつか手合わせしたいと思っていたァ! この獄門 凶寺! その勝負受けて立ァァァつ!!」
――――――――
学園の校舎に隣接して建てられている3階建ての図書館。その3階まで僕――斎木翔はやってきた。
「ここにいるらしいけど……」
円形の部屋に沢山の本棚が並んでいる。いつもそこにいるという話を聞いてやってきたが、誰もいる気配がない。
「すみませ――」
「静かに」
誰かいないかと声を挙げた瞬間、背後から恐ろしく冷たい男の声が聞こえて身体が動かなくなる。
背後に立っていた人物は、本を片手にゆっくりと僕の前へと移動する。
「ここは図書館だ」
「――っはぁ……!」
ようやく身体が動く。
ずっと本を読みながらこちらを見ることなく目の前に現れた人物。この人こそ稲生学園図書委員会の会長。
「
リンカから聞いた話によると、重度の活字中毒者であり常に本を読んでいないと気が狂ってしまうらしい。
そしてついさっき、僕の身体が石のように硬直して動けなくなったのはこの人の異能だ。詳しい実態は分からないが、リンカの見せてくれた資料にはB1の異能力者であり、人の動きを止める能力とだけ書いてあった。
リンカも実際に受けたことがないからどういう発動条件なのか、どこまで自由が効くのかという詳しい情報は分からない。
ただ、眼鏡の奥の鋭い目つきからも怒らせてはいけない人物だという事だけはこうして対峙した今、今というほど思い知らされる。
「何用かね。手短に頼む」
「リンカ会長からセンジャクさんに協力依頼です……」
すると、センジャクさんの眉がピクリと動いた。
「氷坂凛華……以前の彼女の方が落ち着いていて好きだったのだがね。今の彼女は少々――嫌いだ」
凍えるような冷たいその声色に、以前のリンカの姿が重なる。
この人はどこか閉じ籠もっていた時のリンカと似ている。でも、その性質はかなり違うみたいだ。
「そこをどうかお願いします……」
深く頭を下げる。
リンカは僕を信じて扇雀累さんを任せてくれた。だから何としてでも協力してもらわないと駄目だ。
「ふん……稲生学園一の頭脳と呼ばれている斎木翔。君がそこまで頭を下げるとはね」
「えっ……?」
僕そんな風に言われてるの?
学園一の頭脳だなんて思ったこともないし、人からも言われたことがない。
「君はどうやら自分を過小評価しているようだ……」
「どっ、どういう事で――」
「静かに」
思わずどういうことか訪ねようと頭を上げると、再び身体がピクリとも動かなくなる。
またこの能力。味方になってくれれば実に強力な異能だ。
「完全無敵の生徒会長――氷坂凛華。そしてその右腕の天才、斎木翔。1つ、賭けをしよう」
再び身体が自由になる。すぐに顔を上げるとセンジャクさんは未だ本を読みながら立っている。
その場から一歩も動いた様子はなく、身体の動きを止める異能の詳細が掴めぬまま話は進む。
「賭け……ですか」
「その協力依頼とやらは受けてやろう。だが、その中で僕は氷坂凛華を――殺す」
「こっ――!?」
大声を出しそうになってすぐに両手で口を塞ぐ。
「勿論そう簡単にはいかないだろう。だから……君には黙っていてほしい」
「そ、そんな……」
「彼女が簡単に僕に殺されたら……その時君は僕の右腕になれ。その条件が飲めないのなら協力はナシだ」
この人が冗談を言っているようには見えない。
目の前で平然とリンカを殺すと予告したこの男を、果たしてリンカに近づけさせていいものか。なにより僕が黙ってられる訳が無い。
僕が経験した限りでは、この人の異能で1度でも身体の動きを止められてしまえばリンカでも抵抗出来ない。これまで見てきた様々な異能の中で最もたちの悪い異能と言える。
リンカよりランクが下だからと侮ってはいけない。間違いなくこの人は危険だ。
「悩んでいるみたいだね。君にとって生徒会長は僕1人なんかに簡単に殺されてしまう人間なのかね?」
「っ! リンカは……死なない……!」
そう、いくらこの男が危険でもリンカが簡単に殺されるわけがない。それは僕の中で確たる自信があってそう言える。
「ならばこの賭けは頭の良い君にとって簡単じゃないか。どちらが強いのか。氷坂凛華か、僕か……どっちだ?」
「分かりました……。その賭け、受けて立ちます」
果たしてこの判断が正しいのか正しくないのか僕には分からない。センジャクさんに上手く乗せられたようにも感じる。
でも僕はリンカを信じてる。いや、信じない訳にはいかない。それがリンカの側に立つ者としての覚悟だから。
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