第13話 爛れ

 今日も今日とてモンスター駆除に勤しんでいる私――氷坂凛華。


 ポチを肩に乗せながら亀裂が出現した場所へ急いで向かい、車サイズの異形のモンスターを視界に入れる。


『リンカ。相手の鳥の羽のような部位に魔素が集中している。急所はおそらくそこだ』

「分かった」


 耳に装着してある小型無線機から聞こえてくるのはカケルの声。

 魔素を視認出来る技術によりモンスターの身体の急所が大まかに分かるらしく、その実験の為にこうして連絡を取りながらモンスターとの戦いにやってきた。

 

 魔素を視認する為には専用のレンズが必要なのだが、街に設置してある監視カメラには未だ実装されていない機能だ。

 

 そこでカケルが開発したポチの首輪に搭載した専用カメラだ。このカメラには普通のカメラとしての機能と魔素を視覚的に見えるようにする特殊な機能が搭載されており、それがカケルの端末へ表示される仕組みだ。

 

「お前は喋らないみたいだな!」


 カケルの指示通り。急所を芯まで凍結させて本気の蹴りで破壊する。すると反撃を受けることなく破壊した部位から黒い煙が吹き出し、モンスターの身体がどんどん消え始める。


 実にあっけなくモンスター駆除が終わり、移動時間よりも短い戦闘に少し物足りなさを感じる。


『やっぱりどのモンスターも急所を破壊すれば消滅する事が分かった。ありがとうリンカ!』

「役に立てて嬉しいよ。寄り道して帰るから研究頑張ってくれ」

『分かった。何かあればすぐに連絡するんだよ』

「ああ。それじゃ行くぞポチ」

「ワンッ!」


 そうしていつもより大幅に時間短縮が出来た私は、ポチと一緒に自宅へと足を運んだ。


 というのも、ポチを生徒会室で飼育する為に必要な物をいくつか家から学園に持って帰る事にしたのだ。

 家に到着して早速、先日買いすぎた衣服から私が着ない物やタオル、ダンボールなんかをまとめる。


 これまで夜は異能力実験室にポチを住まわせていたのだが、いくらモンスターとはいえ一匹では寂しいだろうと思い飼育小屋を作る考えに至った。

 異能力実験室に住まわせてしまうとその部屋での実験が阻害されてしまう。生徒会室に飼育小屋を作れば私もそこで寝泊まり出来るしずっとポチを見ていられるという一石二鳥の案である。


 「そういえば新聞とかも捨てないとな……ついでに要らない物も捨てるか」


 実は私はペット禁止のボロアパートの狭い部屋に住んでいる。いつの間にか部屋がゴチャゴチャして汚くなっていたのでついでに掃除をする事にした。急がなくても今日は学園に寝泊まりする予定なので学園の用事は後からすれば問題ない。


 「おっ、そういえばこの前買った漫画読んでなかったな」


 ふと気になって手に取った世紀末漫画”ホクロの毛”。掃除の罠にあっさりと引っかかった私は、それから数時間ほど罠から抜け出せなくなってしまった。



 ――――――――



 「リンカ遅いな……もしかして何かあったんじゃ……」


 最後に連絡を取ってから長い間リンカから音沙汰がない事に心配した僕――斎木翔は、リンカの様子を確認する為に僕の管理者端末からポチの首輪カメラをONにして映像を確認する。


『おぉ~ホクロ神拳きた!』

「んぐっ!」


 そこに映っていたのは、布団にうつ伏せになり足をパタパタさせながら漫画に熱中するリンカの姿。そのスカートの中をポチのカメラは捉えていた。

 思わず飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになるのを堪えて一度端末を閉じる。

 

 すぐさま辺りを見回し、周りに誰もいないのを確認して再びカメラ映像に目をやる。


 健康的な太ももから覗く大人っぽい黒いレースのパンツ。完全に無警戒で油断しきっているリンカの姿に僕の男としての本能が爆発しそうになる。


「…………」

「せんぱ~い!」

「っ!!? ど、どどどどうしたの?」


 カエデの声が聞こえて咄嗟に端末を伏せる。そんな慌てふためく僕に目を細めてカエデは怪しんだ。


「何してたんです?」

「いやっ、ちょっと大きな内容の論文を書いてる最中で……」

「……そうですか。じゃあ完成するの楽しみにしてますね」


 なんとか納得してくれたみたいで僕の心臓が破裂する前に心を落ち着ける。


「それよりちょっと手伝ってほしい事があるので来てください!」

「ああうん。すぐ行くよ」


 カエデが去った後、再び端末を操作してカメラ映像を保存した。これは僕だけの秘密。


 抑えられない男の生理現象をなんとか隠しながらカエデの手伝いに向かった。



 ――――――――



「あれっ、もうこんな時間か」


 いつの間にか大幅に時間を使い漫画を読んでしまった。きっとカケルは心配してるだろう。漫画読んでました、なんて言ったら真面目なカケルの事だ。酷く叱られてしまう。


「帰るぞポチ」

「バフッ」


 いくつか言い訳を考えながら急いで学園に帰る。


 お叱りを受ける準備をしながらカケルに会いに行くと、なにやら「罪深き僕をお許しください」と端末に何度も頭を下げながらつぶやくカケルの姿を見つけた。

 何があったのか聞くと、顔を真っ赤にしながら端末を大事そうに抱え走り去っていく。


 研究者やってると端末の神を信仰し始めるのか……?


「まあ怒られなかったしラッキー!」



 次回 第1章 母の海 《見えざる脅威編》 開幕

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