第8話 景色
ほとぼりの冷めきらぬまま時刻は11時を回った。短時間とはいえ泣いて寝てしまった私――氷坂凛華は、今はカケルに連れられて外の空気を吸うため公園までやってきた。
時期的に肌寒い外をホットコーヒーで両手を温めながらゆったりと歩く。暗くてよく見えないというのに、見慣れた公園は神秘的な表情を見せる。
「私は今まで景色すらろくに見ていなかったんだな……」
月明かりに照らされ静まり返る公園の池がキラキラと輝いて目に映る。こうしてまったりと外を歩くだけでこんなに癒やされるのは初めての事だった。
「ほら、今日は綺麗な満月だよ」
「お、本当……だ」
カケルが指をさした綺麗な満月を見上げる。確かに綺麗だ。
だがどこかその月に違和感を感じた。しかしすぐ隣を歩くカケルを見て違和感はすぐに引っ込んだ。今はカケルとの時間を大事にしたい。
「カケル。私に変わるきっかけをくれてありがとう。きっとあのままの私ならこんなに綺麗な星空すら気付かなかったよ」
「良かった。僕もこうしてリンカと空を一緒に見れて嬉しいよ」
そんな新鮮な世界に目を輝かせながら、2人は心地良い夜を共に過ごした。
次の日の朝、目を覚ますと居間で寝ていたカケルはいつの間にか帰っており昨日の事が夢だったかのように錯覚する。だが確実にこれまでとは違う生まれ変わったようにすっきりした心に現実を再認識する。私は変わったんだ。
――――――――
あの日から学園でのリンカは年頃の女の子らしく笑顔が増えた。生徒と話をする姿も何度か見かけるようになり、あの日僕がした事は間違いじゃなかったんだと嬉しい気持ちにさせる。だがそれと同時に男子生徒と話している彼女を見ると複雑な気分になる。
リンカは僕を恋愛対象として見てないみたいだし、あの時に僕が愛してると言ったのも何か友達のような感じだと思われている気がする。
「せ~んぱいっ♪」
「ああ、おはようカエデ」
カエデも最近のリンカと僕――斎木翔を見て良いことがあったのだろうとずっとからかってくる。でもそれにももう慣れてしまった。もう僕はリンカの笑顔を見れるのだから。
「あれから本当に変わりましたよねリンカ先輩」
「カエデのアドバイスのおかげだよ。ありがとう」
するとカエデはとても嬉しそうに笑顔を浮かべる。
カエデが居なかったらリンカは心を開いてくれなかっただろう。
「それじゃ今度お礼にデートしてくださいね!」
「えっ、デ、デート!?」
「冗談ですよ~♪ 研究頑張ってください!」
でもやっぱり彼女のイタズラにはまだ慣れないみたいだ。
それから少しして僕は研究員としての仕事を再開した。
僕が今まで抱えていたモノが無くなって最近は研究にも更に熱意を注ぐ事が出来るようになった。
つい最近アメリカでとある論文が発表されたのも大きな進展の礎となった。その論文の内容というのが、これまで未知の物質だった魔素についての内容だ。
空気中に存在する魔素を視覚化する技術と正確に計測する方法。そして魔素が亀裂から世界に流れているという新事実だ。
この論文が発表されて世界で魔素の研究が大きく進歩する。遅れを取らぬよう、そして誰よりも先に謎を解明する為に僕はより一層研究に力を入れている。
だが研究ばかりでは流石に疲れてしまう。だから時々リンカに会いに行って心を癒やすのだ。
とある日のお昼、いつもは生徒会室で弁当を食べているリンカを今日は学園の食堂で一緒に食べようと僕から誘ってみた。もちろんリンカは嬉しそうにお誘いを受け入れてくれた。
「リンカの弁当地味だね」
他の女の子達は食堂で買うかもしくは弁当ならキャラ弁が流行っていたりするのだが、リンカの弁当はご飯に海苔と梅干しだけというまるでお父さんみたいな弁当だ。
「お前が誘ったのにそれは酷くないか?」
「あはは、ごめんごめん。……っていうかなんでカエデもいるの?」
リンカと二人でお昼ごはんのはずが、何故か後輩のカエデが僕のとなりで一緒に弁当を食べている。それに何故かやけに僕にくっついてくるもんだから少し弁当が食べづらい。
「お、君がいつもカケルが話してるカエデちゃんか。その様子を見ると随分懐かれてるみたいだなカケル」
「リンカ先輩! カケル先輩とはどういう関係なんですか?」
「んぐっ! カエデ! いきなりその質問は失礼だよ!」
急にぶっこんだ質問を放つカエデに思わず口の中の物を吹き出しそうになる。だがそんな質問をするカエデの目は何やらいつもより真剣な眼差しをしている。
「私とカケルの関係……? 難しいな。カケルは――」
「今はリンカ先輩に質問してます。答えてください」
その尋常じゃない圧にリンカも何やら気圧されるように目を大きくした。
おかしいな……いつものカエデはもっとふんわりした子なのに、今日は何か殺気立っているようにも思える。
「……なるほどね。君はカケルの事が好きなのか」
少し考えてニヤリと微笑んだリンカが思わぬ爆弾発言を吐き出した。
「っ!! っ~~~~~~~!!!!! そげな事あるわけなかでしょ!? もうよかですっ!!」
今まで見たことのない喋り方で取り乱し顔を真っ赤にさせて走り去っていくカエデの後ろ姿に、リンカはニヤニヤとイタズラっぽい笑みを浮かべて手を振る。一体二人の間に何が起きているのだろう。
「な、なんなんだ……?」
「ふむ。カケルは鈍感系か」
「リンカまで……一体どういう事?」
僕の頭にはハテナマークがずっと浮かんだまま。リンカも呆れたような顔で僕を見るもんだから何か間違えたのだろうか……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます