第4話 勇気

 僕――斎木翔は氷坂凛華の見舞いに果物を持ってやってきた。のだがしばらく病室の扉を開ける勇気が湧かなかった。


 何もしていない僕がこういう時だけ良い顔して見舞いに来てもいいのだろうか……。


 きっと彼女はまだ眠っているだろう。いくら回復系異能力者の力で回復したとしても、戦闘の疲労はそう簡単には回復しない。なんせ彼女は異能が使えるだけで心は辛い過去を持った心優しい少女なのだから。


 ――ぐすん。


 ふいに部屋から彼女が泣いているような音が聞こえた。その瞬間、僕は自己嫌悪の思考を捨て去りすぐに扉を開けた。


「リンカ!」


 するとそこには窓の外を眺めて涙を流す彼女の姿。僕の声にびっくりしてこちらに顔を向けると、やはり目に涙が浮かんでおり赤く充血している。

 彼女はすぐに涙を拭うといつもの無表情な顔に取り繕う。


 ――――――――


 あぁビックリした。廊下から足元も聞こえなかったのに急に部屋にカケルが入ってくるもんだから心臓が跳ねたよ。


 「カケルか。見舞いに来てくれたのか」


 そういうとカケルは複雑そうに顔を歪めながら歩み寄る。


 「リンカ。もうどこも痛くない?」

 「ああ。回復系の異能力者は凄いな」

 「良かった……心配したんだよ。……リンゴ剥くね」


 本当は傷だらけで病室にしばらく寝ているのもドM心が擽られるのだが、こうも完璧に治されると感心の気持ちが上回る。


 カケルがリンゴを剥き始めて、二人の間に静かで気まずい空気が流れる。

 特に話すのが得意じゃない私にはこういう空気は素直にキツい。


 「リンゴ、1人で食べれる?」

 「あぁ~……まだ身体を動かすのはキツいかもしれない。良ければ食べさせてくれるか?」


 本当は元気過ぎてすぐにでも運動出来るくらい回復しているのだが、病室でうまく身体を動かせない少女ロールプレイもドM的に良いかもと思い嘘をついた。


 「わ、分かった」



 ――――――――



 あの病室での一件以来、お互い気まずい空気になってしまった。

 私は次の日から普通に学園に登校して普段通りの生活を取り戻したが、カケルが何かと常に私の側を離れなくなってしまった。

 あの日以来カケルはずっと私を心配しているらしい。


 カケルは私がドSを演じても全く効果がないくらい私に優しくしてくれる。他の生徒なら睨めば逃げるしキツい言葉をかけるだけで近寄らなくなるのだが、カケルは私にとって1番の強敵だ。


 「研究員の仕事はいいのか?」

 「今はいいよ」


 今はいいのか……。もはや私の保護者枠のように他の生徒達からも見られてしまっていて、正直カケルから離れたい。だがどんな言葉もカケルには何故か優しく受け止められてしまう。これじゃ私が反抗期の小学生みたいじゃないか。


 そんな学園生活が続いた時、いっその事カケルにはドM心を満たすおもちゃになってもらおうとイタズラ心が湧いた。

 カケルの前でだけは少しだけドSを演じるのを辞めて、弱い少女ロールプレイを演じよう。



 ――――――――



 「なあカケル、今日私の家に泊まってくれないか?」

 「ほえ?」


 リンカからの突拍子もない発言に思わず腑抜けた声を出してしまう。今までの態度とは違い、どこか弱りきったような顔を見せるリンカに戸惑いを隠せない。


 「こんな事カケルにしか言えないんだが……最近夢見が悪くてな。1人暮らしだと寂しいんだ」


 そうだ。彼女は両親を小学生の時に失っていて今は1人暮らしなんだ。モンスターと戦って傷付いて、トラウマを沢山抱えている彼女。

 そんな彼女がついに僕に本音を打ち明けてくれた。


 「私もこんな事を言うべきか迷ったんだが、最近の貴様を見て少しだけ頼ってみたくなったんだ」


 少し恥ずかしそうに言う彼女を見て、今までの僕の行いが報われたのだと喜んだ。

 やっと彼女の力になれる日が来たんだ。断る理由なんて見つからなかった。


 

 ――――――――


 

 その日のリンカの家に向かう途中ふと気付いた。同年代の女の子と1つ屋根の下。改めて考えると僕は今危ない状況なんじゃないかとドキドキする鼓動を沈めながら後輩のカエデに助けを求める。


 『あのリンカ先輩がついに心を開いたんですよ!? 怖気付いてどうするんですか! きっとリンカ先輩は最近の先輩を見てお父さんと重ねちゃったんじゃないかと思います。頑張ってください!』


 カエデからの返信に気付かされる。

 そうか、きっとリンカは親が恋しかったんだ。最近友達からもまるで保護者だななんて茶化されていたけど、リンカの過去を考えれば当然の事だった。


 「お父さんか……」


 折角やってきたチャンス。彼女の凍りついた心を僕が溶かすんだ。


 決意を固めて彼女の家のインターホンに手を伸ばした。

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