第5話 自責

 家で1人、カケルに対しどのようにドM欲を満たそうか思案している最低の人間です。どうか罵り罰をお与えください神様。


 私――氷坂凛華は一応幼馴染属性を持つカケルを家に誘うことは成功したものの、咄嗟に思い付いたプランのせいで具体的に何をするか決まっていない。


 とりあえずいつも通りのドS生徒会長を演じるか? だがカケルにはそんなの通用しないのは既に分かっている。

 ドMというのは痛みを受け、痛みに苦しみ、それを見る観測者が居てこそ成立する崇高な性癖だ。ならばカケルには観測者としての立ち位置を与えてあげてもいいかもしれない。


「普段は気丈に振る舞う美少女がカケルにはか弱い女の子として振る舞う……これもこれで……良いな」


 あわよくばカケルには私に対する支配欲を抱かせられる。自分にだけ甘えて依存する美少女を、思い通りにめちゃくちゃにしてやりたいという男の欲望。それを利用するのだ。


「くくくく……天才だ!」


 ――ピーンブツッ


 壊れて途中までしか鳴らなくなった呼び鈴の音が聞こえて、いざ完璧な計画を練った私はニヤついた表情をリセットする。


「よく来たな」

「お、お邪魔します!」


 玄関を開けてカケルを出迎える。緊張した様子のカケルにほんのりと笑みを浮かべてまずはもてなしの時間だ。


「いやあすまないな。私のワガママで呼んでしまって……」


 申し訳無さそうな表情を作り、まずは普段絶対に謝ることのない私からの謝罪をプレゼントだ!


「き、気にしないで! そうだ。スーパーで食材買ってきたからお鍋作るよ! キッチン使ってもいいかな?」


 おや、何やらカケルも張り切っているようだ。いつもよりも表情が固い。


「あっ、ウチには鍋がないんだが――」

「そんなこともあろうかと鍋も買ってきたんだ!」

「お、おう。じゃあ……頼む」


 用意周到だな。


「じゃあ私も何か手伝おう」

「大丈夫! リンカは寛いでていいよ」

「おう…………」


 カケルに半ば強引にソファに座らされて、まるで私の方がおもてなしをされている状況に頭にハテナマークが浮かぶ。


 キッチンでエプロンを巻いて手際良く準備を始めているカケルを見ていると、どことなく母親を思い出す。

 

 小学4年生の時、家の中に亀裂が出現してモンスターに襲われた。父と母は私をクローゼットに隠れさせて、静かになった頃に出ると両親は死んでいた。


 だが私は特に悲しみなど感じなかった。前世の両親が私の中では本当の両親で、上手く今世の両親を愛することができなかったのだ。

 我ながらなんて非情な人間なんだと両親に申し訳なく思っている時、氷の異能に目覚めた。

 両親の葬儀に行っても悲しみの感情が沸かない私は、感情が凍りついてしまっているのだろうかとも思ったがそんなことはなく。


 何故私が氷の異能に目覚めたのかも謎のまま。こうして一人暮らしすることになったんだ。


 鍋を作るカケルの後ろ姿を見ても思い出すのは今世ではなく前世の母親。改めて両親には申し訳なく思う。


 立ち上がって、壁にかけてある今世の両親の写真に触れる。

 この身体と血は繋がっている家族。しかし俺にはまるで他人にしか思えなかった。


「……ごめんなさい」


 こんなドM野郎が生まれてきて…………。


 ――――――――


 お父さんらしく振る舞うために張り切って鍋を作っているのだが、そもそも鍋を作るのが初めてなので母親に書いてもらったレシピ通りに作ってる僕――斎木翔。


 家に来た時、リンカは嬉しそうに招いてくれた。いつも全く笑顔を見せない彼女の笑顔を見れただけで僕の心は洗われるように澄んだ心地になった。

 こんなことで笑顔になってくれるなら僕はこれからもリンカを何度だって笑顔にしてあげたい。


 家に来てすぐは緊張してぎこちなかった。初めてリンカの家に入ると良い匂いがして、思ったより少し散らかっていて。そして少しダサい私服が可愛らしくて。そんな初めて見るリンカの新たな一面にドキドキしながら。半ば逃げるように料理に取り掛かった。

 冷静になって、リンカはもう夕ご飯を食べたあとなんじゃないかとか、人の家でいきなり鍋作り出すとかやばいやつなんじゃないかとか、そんな考えが浮かぶ。


 でも、リンカの笑顔を見れて僕はどこか浮かれていた。


 ふとリンカのいる方から物音が聞こえて振り返ると。


「……ごめんなさい」


 そこには家族写真を手に取り、悲しそうな顔をしたリンカの姿があった。


「痛っ!」

「っ! 大丈夫か!?」


 動揺して包丁で指を切ってしまい声をあげると、リンカはすぐにいつもの表情に戻り僕の方へ駆け寄る。


「血が出てるじゃないか。待ってろ、今絆創膏を持ってくる」

「あはは……ありがとう」


 僕に……父親の代わりになんてなれるのだろうか。

 そんな薄暗い感情が湧いてしまう。

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