第12話 アフターレコーディング

◯アフターレコーディング

   ナミが、悪い奴らに乱暴されるシーンのアフレコ。


 ナミ 「いや・・・ はなしてっ! いや・・・ 」


 「この、テン、テン、テンって、どうしたらいいの? 」と郁子さん。

はじめて、シナリオの科白についてクレームをつけた。


僕は、どうして良いか、分からなくなって

 「1年かけて練ったシナリオなんだから! 」と見当違いなことを言った。


それに、僕は、アフレコのためにN本橋の電気街で買い集めたボリュームやリバーブの部品をハンダ付けし、音声ミキサーや残響を手作りしていたので、そちらの動作にも注意が行ってしまい、演出がなおざりになっていた。


 (俺は、今、アフターレコーディング時のカセットテープに録音された郁子さんの声やおまえの声を聞いているが、おまえの説明不足だ)


しかたなく、郁子さんは、横にいた智恵子さんに

 「チエちゃん、くすぐってくれる? 」と言った。


こうして、悪い奴らに乱暴される時のナミの悲鳴は、録音できた。

郁子さんの機転により、アフレコ作業は、順調に進んだ。

たぶん、僕の処理能力のお粗末なのを彼女は、察知していたのだろう。


ナミが友達と歩いていて公園でケンを目撃するシーンのアフレコ。


 友達 「ねえナミ、彼元気? 」

 ナミ 「だれ? 」


 友達 「ほら、言ってたじゃない、すてきな彼」

 ナミ 「あぁ、別に大した事ないわ」


 友達 「ふーん、幸せそうね」


ここは、郁子さんと智恵子さんによる二人のアドリブで台本のト書きには、何か歩きながらしゃべっている、と、だけだった。

撮影時は、何か別のことをしゃべっていたと思う。

同時録音じゃ無かったからわからないけど。


ナミは、ケンのことを、大した事ないと思った?

いやいや、ナミは、ケンのことを心配していて、このあと、跨線橋のシーンにつながるのに、と思った。

僕には、郁子さんが、ナミを、どう考えていたのか良くわからない。

彼女は、自分の考えを口に出すことが無かったし、

僕の苦手なおしゃべり、つまり談笑したりすることが全く無かったし、

撮影のときは、一生懸命にナミを演じてくれていた。


そんな郁子さんとも、映画『ほほえみ』が完成したら、お別れになるのか……


 (それは、H神電車U田駅長室前で彼女と初めて会ったときから決まっていたことだった。映画『ほほえみ』が完成したら、彼女と会う理由もなくなり、彼女は、おまえとは連絡のとれないどこかへ帰ってしまうんだ。だが、フィルムの中に彼女は、おまえの作ったナミとして永遠に記録されて、おまえが生きている限り、いつでも会うことができるのだから、いいじゃないか。そう思わないか? )

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