第11話 真っ黒に日焼けしたナミ

◯夏休み中の撮影

 撮り残したシーンの撮影は、O阪N波のT島屋デパート前で行われた。

天真爛漫なナミが、楽しそうに歩くファーストシーンの撮影が、夏休みに入ってしまっていたので、僕は、焦っていた。


郁子さんは、夏休みに入ると、友達と海に行き、日焼けして真っ黒になって現れた。

おまけに、髪は、ショートになっていた。

夏休み前に撮影していた画と、全く繋がらなくなっていた。


でも、しかたない。ノーギャラだし、と僕は思った。

メジャー映画のようにクランクアップまで俳優を拘束できない。

メークやスタイリストなんかもいないし、衣装は自前だった。

夏休み前の撮影で、彼女は、服を変えたいと盛んに言っていたが、画がつながらなくなるから、同じ服でお願いしていた。

それにしても、彼女は、考え無しだなぁと思うのと同時に、映画が残念なことになってしまう危機感を、僕は感じた。


 (言っておくが、この映画『ほほえみ』が、Fジフィルム8ミリ映画コンテストで落選したのは、おまえの力不足だったことを忘れるなよ)


しかし、郁子さんの日焼けは、健康的で明るい性格の彼女らしい日焼けだった。

最初に会ったときの第一声が『ストッキング』だったことにも、唯の女の子では無いと思ったけど……


 (でも、ナミがケンと出逢うことで恋をして、きれいになっていく感じは映像に出たのではないかと、今は、思うな)


◯ケンとナミの出逢い

このシーンも撮り残してしまい、日焼けしたナミの画になってしまった。

彼女は、日焼けしたこと、髪を切ったことに、一切お構いなしに演技していた。


地下鉄駅の出入り口でケンとナミは、鉢合わせしてしまう。

そして、ケンが落とした手帳に気付いたナミは、ケンのあとを追うが、ケンは人混みに紛れてしまう。


この後、手帳に書いてあったケンの住所を訪ね歩くシーンになるのに、以前に撮影済のため、日焼けしたナミと画が合わない。

このとき、すぐ顔に出てしまう僕は、郁子さんに対して不満げな表情だったと思う。

また、僕自身にも注意が足りなかったことが有り、撮影フィルムのタイプを統一しないで、屋外撮影用デイ・ライトと、屋内撮影用タングステン・ライトを混同して撮影してしまった。

しかし、彼女は、そんな僕を気にもしないで、撮影に臨んでいた。

彼女のそういうところには、図太い神経の持ち主というか、役者魂というか、プロ意識を感じた。


 (おまえは、まだ知らなかったけど、郁子さんが落語の高座で演じる姿は、まさにプロだったよ)

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