第8話 ナミの演技に驚く
僕は、撮影台本を見ていて、台本通りに忠実に演技をしている郁子さんに、あらためて驚いた。
僕は、演技に奥行きというか工夫を加えてくれている彼女の科白の言い回しに、ただの素人では無いものを感じた。
いつも、にこにこしている彼女だったが、ふと、撮影待ちの彼女を見ると、撮影台本を真剣に読んでくれている。
僕は、そんな彼女の態度を有り難く感じていたけど、照れくさくて、感謝を、口に出すことは出来なかった。
◯跨線橋シーン
ナミは、公園でケンが麻薬の受け渡しをしているのを偶然に目撃し、跨線橋を行くケンを追いかける。
そして、二人とも、跨線橋の上で手すりにもたれて、遠くを見つめている。
ナミ 「ねぇ、ケン…… あなた、私に何か、隠していることない? 」
ケン 「…… 」
ナミ 「私、見ちゃったの、さっき、人に渡していた物は? 」
ケン 「きみがこの事を知ってはいけない。きみだけは、巻き込みたくないんだ」
二人の間を裂くように、跨線橋の下を、轟音をたてて列車が走る。
ナミ 「わからない…… 温室の中でしか生活していない私だけど、そっと、温室のドアを開けて、外の空気に触れて…… そう、いろんな人間がいっぱいいる世界…… 」
ケン 「もう、会わない方がいい…… 」
汚れの無い、純真な心のナミ。
この時代に、そんな女の子が存在していて欲しいという願望を抱いて科白にした。
絵空事でもいい。
乙女チックでもいい。
人に、どう思われてもいいから表現したかったんだ。
ただ、郁子さんが、この科白をどう思っていたのか?
「こんな子、今どき探してもいないよ」
(少女マンガの主人公みたいだし― )
「よう言わんわ」
(口に出すのも憚られる― )
実際に彼女に、この科白で演技をしてもらい、僕は思った。
彼女は、ナミと同じ純真な心の持ち主だからこそ、違和感の無いシーンになったのだと。
とにかく、僕の想像上の人物、ナミが郁子さんの演技によって生命を吹き込まれたんだ。
そして、僕は、この映画の中で、一番好きなシーンになった。
ただ、彼女は、笑いが止まらなくなることがあり、カメラを回すことが出来ないことがあった。
明るい性格の彼女は、撮影現場の雰囲気を良くしてくれる人で、僕が出来ないムードメーカーをしてくれていた。
だから、僕は、彼女に自由にしてもらうことを心がけた。
僕は、NGカットになるのが、わかっている場合、フィルム節約のためにカメラを、敢えて回さなかった。
でも、うっかり回してしまったものは、NG集に編集したり、予告編に編集した。
(8ミリフィルムのカートリッジは、音声トラックを付け加える関係で毎秒24コマで撮影すると、2分半しか撮影できなかったからな)
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