第7話 クランクイン

◯初対面のケンとナミ

 いきなり、ケンとナミの二人は、U田の駅前歩道橋を歩くシーンの撮影となった。

撮影は、毎週土曜日ということで、郁子さんにスケジュールを調整してもらった。

K戸方面から来る彼女は、撮影のために、僕が間借りしている、おじさんの工場があるO阪N波まで出て来なくてならない。

それには、M川女子大学で講義のある土曜日の午後が都合良かったらしい。

僕は、学校が夏休みに入るまでに、どんどん撮影する必要があった。


僕は、楽しそうにとか、笑顔で話しながらとか、顔をあわせたばかりの二人に自分の頭の中にあるイメージを、ばんばん指示した。

 (二人とも大変だったと思うよ。おまえの頭の中のイメージを二人に求めたこと)


彼女を、疲れさせてしまっているように思ったが、僕は、気にしないで撮影を進めた。

 (おまえが、いくら良いものを作りたいからと言ったって、相手は生身の人間。おまけに演技なんて素人ということを考えていたのか? )


 二人、手をつなぎ、歩きながらの科白。


撮影台本には、遊園地にて撮影となっており、ナミとケンの語らいは、遊園地の喫茶店内で行う予定になっていたけど、遊園地のロケは、予算が無くて中止した。


 ナミ 「私、ケンに会えてしあわせ」

 ケン 「おれも しあわせかなぁ」


 ナミ 「若いって、ほんとうにすばらしい」

 ケン 「そうさ…… 」


 ナミ 「なにもかも新鮮に見える」

 ケン 「うん…… 」


 ナミ 「いつまでも、しあわせでいたい」

 ケン 「ああ…… 」


 ナミ 「でも…… 」


影を背負ったケン、ケンの影の部分を感じるナミの二人だけど、手をつなぐことに、監督としての、僕の拘りがあった。

恋する男女は、手をつないで歩くものなんだ。

でも、二人が、いきなり手をつないで歩くより、身体が少し触れるぐらいに、肩を並べて歩く演出でも良かったのかもしれない。


僕は、カメラのファインダー越しに二人を見つめた。

ナミは、ケンと手をつないで幸せそうに歩いた。

ときどき、ナミは、ケンの方に顔を向けた。

その、にこやかな笑顔に、郁子さんの明るい性格が良く出ていると思った。

そして、僕は、ファインダーの中の二人を羨ましく思った。

明るい太陽の下で、異性を意識した女子と手をつなぐことは、中学校のフォークダンスでしか、僕は体験したことが無い。


 (その気持わかる。しかし、おまえは、当たり前のように思っていたが、すべてが、おまえの味方してくれていたんだ。たとえば、天気。撮影期間で一度も雨の日は無かった。良く晴れて風も適当に吹いて、街路樹の葉が風に揺れていたな)

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