第4話 希望の春なのに

◯外の公衆電話

 僕は、彼女に電話してみることにした。

ローカル放送のテレビニュースが終わる午後7時ごろ。

ドキドキしながら公衆電話のダイヤルを回した。

今度は、たぶん彼女の弟が電話に出た。

 「いません―― 」

ただ、この一言で黙っている。

彼女は、本当にいないのか?

居るのにも関わらず弟に両手でペケを出しているのか?

どちらか、わからないけど、僕は、電話は無理だと思った。

 (もう、電話しない方がいい。ストーカーにならないためにも、やめとけ、やめとけ)


僕は、大きな落胆の中で沢山の十円玉をポケットに残したまま、公衆電話を後にした。


◯間借りしている部屋

 しばらくして、彼女から大きな茶封筒が郵送されてきた。

中には、シナリオと共に彼女からの手紙が入っていた。

彼女の文字は、丸文字では無くて、とてもきれいな大人の文字だった。

そして、便箋は上品な香水の香りがした。

 (それ、この前、片付けしてたら出てきた。 俺も読んだ。 きついなぁ。 特に最後。 ……このシナリオもお返しします。『さ よ う な ら』…… さようならの文字間の空白、辛いねぇ)


◯アルバイト先

 塞ぎ込んでいても先には進まない。

僕は、彼女の気持ちを糧にすることにした。

 ……私より、映画作りを大切にしてください……

だから、彼女と出逢う前の自分に戻ることに決めたんだ。

映画『ほほえみ』を作ることが、心の穴を埋めてくれると思った。


僕は、映画の8ミリフィルム代を稼ぐためにも、けっこうなお金になる捨て看板のバイトをはじめた。

 「今日は、これ千枚刷るぞ。夜は、N良に撒きに行くからな」と看板屋のデザイナーが言った。

夜は、危ない仕事だ。電信柱に捨て看板を針金で付けまくる。そう、やばい仕事。

看板屋のデザイナーは、T口に住んでいるようだった。

万里さんがI丹だから近いなぁ…… と。

ふと、思い起こすことはあるけど、

僕は、もうそれ以上のことは考えなかった。


◯映画『ほほえみ』撮影台本完成

 僕は、絵コンテやカメラアングルまで、びっしりと書き込んだ映画『ほほえみ』撮影台本をガリ版で刷った。

これで、いよいよ撮影が出来る。

もう、春になっていた。

麻薬の運び屋バイト仲間役とナミの相手役のケンは、映画研究会の1回生達、麻薬の元締めは、映画研究会部長の先輩。

ナミ役以外は、学内で賄うことが出来た。

でも、ナミ役の女優がいない。

主役のナミがいなければ、この映画は完成しない。

どうしよう、もう、こうなったら先輩達と付き合いがあるM川女子大学の映画研究会しか頼めるところは、他にない。

そうだ、映画監督としては、この映画を完成させるために行動を起こそう!


でも、僕に女子大の女子を相手に交渉なんて出来るのか?

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