第5話 猫の宅配便

今日もミスをして怒られた。

この仕事、向いてない。

取り立てて興味のある業界でもない。

就活の仕方がわからなくて、たまたま入っただけだ。

こんなに毎回怒られるなら、辞めた方が皆のためにもなりそうだ。



それでもズルズルと居残ってるのは、いつも会社に来る宅配業者の兄ちゃんのせいだ。


俺は、いつも昼休みになると会社の裏に住み着いている猫と遊んでいた。

同じ猫じゃらししか使っていないのに、毎回本気で掴みかかってくるかわいいやつなのだ。


ある日、その猫がいなかった。

玄関で来客を知らせるベルが鳴ったので渋々対応に出たら、宅配の兄ちゃんがしゃがんで猫のあごをなでていた。

よりによって、猫のマークのあの宅配業者だ。

可愛いじゃないか、猫もお前も。



そこから、その兄ちゃんが来る時は俺がそそくさと対応した。

微妙に人が散り散りになる時間帯に来るので、ちょっとした世間話をすることもできた。


暑いですね、重いですね、から始まり、ドリンクやお菓子を差し入れたりもした。

時間がタイトなようだから長話はできないが、兄ちゃんは愛想が良く、短い時間でも楽しく話せた。


ある日、指定した時間に来なくてやきもきしていたら、大謝りされた。

別にこんな会社の荷物なんか一生懸命運ばなくていいのに。

さらに次にも時間指定があるそうで、「もう何しようが間に合わないんですけどね」と苦笑いしたのが不謹慎にも萌えた。



俺は友達に飢えていた。


子ども時代に何回か転校しているので幼馴染はおらず、高校の友達はみんな県外の大学に行った。

大学でも友達はできたが、その友達は県外生だったのでみんな都会に出るか故郷に帰っていき、結局また友達はいなくなった。


さらに、土日に仕事の職場を選んでしまったので、誰とも予定が合わない。

職場は職場で、若い人がいない。


あの兄ちゃんとの交流だけが、同世代男子フェロモンの摂取機会だったのだ。


♢♢♢


ある日、俺はついに上司にブチキレた。

そして急遽2週間後に退職することになった。


2週間もあれば、一回くらい会えるだろう……。

そうたかをくくっていたが、引き継ぎをしたり余計な打ち合わせをしているうちに1週目は話しそびれ、最終週は待ち構えていたが、別の人が来た。

聞けば、彼はインフルエンザだと。


失敗した。

恥ずかしがってる場合じゃなかった。

いきなり"友達になってください"とか、キモいかなと思ってしまって、先延ばしにしていたのだ。


一期一会

後悔先に立たず

だ……。


♢♢♢


退職して1か月後。

俺は自宅に宅配を頼んだ。

チャイムが鳴って出ると、彼だった。


「ハンコお願いします。」


こちらの顔も見ず、彼が淡々と言う。


「あ、あの!すぐそこの会社でお世話になってました……。」


彼が俺の顔を見た。

すぐには俺に気付かなかった。

いつもはスーツにコンタクトだが、今日は黒縁メガネにスウェットで、前髪も下ろしていたからだろう。


「あ!お久しぶりです!ここにお住まいだったんですね!」


彼は笑顔を見せた。


「ええ、実は退職しまして……。」


「そうなんですね。通りで最近見かけないと思ったら……。」


俺はハンコをつきつつ、今度飲みに行かないかと誘った。

彼は思いの外喜んでくれて、連絡先を交換してくれた。


「あの……もし良かったら……次回会う時もメガネで前髪も下ろしてもらえませんか?その方が好みなんで……。」


彼ははにかんで言った。

もしかして、友達はできずにいきなり恋人ができるかもしれない。


―完―

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