第108話 不穏な手紙

 神殿の内部は実に簡素で特にめぼしいものが女神像の他になかったので、俺たちは神殿の裏にあるパレッドの宮殿に向かうことにした。


 こちらも建物が大損壊していたが、”ベクトル付与”で瓦礫をどかしていると地下へ続く階段を見つけることができた。


 「地下室とは臭いますなぁ」


 「行ってみよう」


 何かありそうな予感がしたので、俺たちは階段を降りて地下室へいくことにした。この神殿も宮殿も島の断崖の上に建設されているのだが、どうやらこの地下室はその断崖を掘りぬいて作った空間のようだ。壁にかかったランプが薄暗く石の階段を照らしている。


 階段を降りきると、そこには6畳ほどの小さな石の部屋があった。中には机が一つと大量の紙の束がそこら中に積まれていた。


 「書斎…なのか。かなり汚いが」


 アザレアが部屋を物色しながら呟いた。瓦礫と化した上の宮殿は元はかなり綺麗そうだったので、この小汚い部屋にギャップを感じる。俺は部屋に落ちている紙を1枚拾って内容を確かめてみた。


 「日記か…いや、手紙かな」


 「誰へのだ」


 「たぶん神への」


 紙にはパレッドの紙への思いがつづられていた。手紙、具体的にはラブレターのような感じだ。


 神への感謝の言葉がびっしりと書き込まれている。戦闘を少し好んでいるという点以外は普通の人物だと思っていたが、かなり神への愛が重い男だったようだ。


 「大体どれも同じ感じか…うっ!なんだこれは」


 「どうしたの。虫でも挟まってた?」


 アザレアが紙をめくる手を止めて何やら驚いた様子だったので、俺はアザレアが見ているものを見に行った。


 アザレアが手に持った紙には文字ではなく、絵が描かれていた。人型のなにかの絵だ。


 だが普通の人間の似顔絵ではなく、その顔の中心は渦巻いていた。見ている者を引きずる混んでしまいそうなおぞましさを内包した渦だ。


 「もしかして神の似顔絵かな。あいつが転生したときに会っていたとしても不思議ではないし」


 「こんな気持ち悪いのが神の素顔なのか。あの仮面の下がこうなっているとは」


 女神像は、頭にフードを被り顔には仮面をつけているデザインだった。実物がその仮面を外したら、この絵のような素顔なのかもしれない。


 アザレアはその絵を机の隅に寄せながら、次の報告を始めた。


 「まあ神の素顔に関してはどうでもいい。それよりこっちを見てくれ」


 それはパレッドから神に充てた手紙ではなく、ある人物からパレッドに送られた手紙だった。それが机の上に2通ある。俺はそれらに目を通した。


 ”神々が去った地にて遺跡を発見。海に沈めて封印する故、重力魔法での協力求む。近衛第四席スリザラ・デモニス”


 ”この手紙を預けた者は、我が特別の客人である。丁重にもてなし、全ての要望を叶えるよう命じる。以前の神々が去りし地の遺跡の件についてだが、貴殿の助力あってこそ、我が目的の品を手中に収めることが叶った。貴殿の働き、まことに見事であった”


 手紙には簡潔にそう書かれていた。1枚目はやや古びており、2枚目はまだ新しい。アザレアがそれを読んだ感想を述べる。


 「1枚目は差出人からして、近衛上位からの命令書のようなものだろう。神々が去った地というのは分からないが、聖教にとって重要な場所なのだろうな。そこで出た遺跡を封印する理由は不明だが。それに対して2枚目は…」


 2枚目は差出人が書かれておらずアザレアは眉をひそめている。


 だが俺にはこの手紙の差出人が分かった。


 「これはたぶん帝国の女帝カーラからの手紙だな。パレッドは一ノ瀬経由で女帝からの手紙を貰ったって言ってたから」


 パレッドは一ノ瀬が持っていた女帝の手紙に従い、一ノ瀬の依頼で俺の命を狙った。この手紙の内容はそれと合致する。


 「聖教の上の命令で、その神々が去った地から遺跡を運び出し、海に封印するはずだった。神に関するもので壊すわけにもいかないが、人目に届くところに置いておくべきものでもなかったのだろう」


 「その封印をするはずの遺跡をパレッドが女帝に見せたってことか」


 「だが解せんな。帝国には聖教を排斥しようとする動きがあると聞いた。聖教の人間であるパレッドがその帝国のボスに協力をするのだろうか」


 「パレッドは女帝に恩があるらしいんだ。女帝のおかげでこの世界に誕生できたっていう絶大な恩が。だから聖教の上位の近衛の意に反して、少しくらい女帝に協力しても、おかしくはないと思う」


 流石に命令に背いて遺跡の封印をおざなりにはしていないだろうが、その封印の前に女帝に見せるくらいは命令違反ではないと解釈することもできなくはない。


 パレッドは聖教が隠したいものを秘密裏に女帝に見せ、それによって女帝は何かを得た。


 「女帝が得たものが分からないのは不気味だな。だがこれは上手くやれば、帝国と聖教で争わせることもできるかもしれないぞ」


 「それは名案だね。俺は難しいことは分からないから、サフランとアザレアに作戦は任せるよ」


 俺が人任せ発言をしたところで、誰かが上の宮殿で俺たちを呼ぶ声が聞こえた。どうやらもうロズリッダがアジトの移動に成功し、それを部下が伝えに来たようだ。まだ1日も経っていないのだが、もう移動に成功したのか。


 俺たちは部屋を出て階段から地上に戻った。


 

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